78.習熟

 それからレイアと忍者の人と別れて、俺達は家に帰ることにした。

 ステラは目隠しをしたままだ。


 すっかり夜になっているが、星明かりや家の明かりがあるので歩くことはできる。

 しかし目隠ししながらは無理だろうな……。

 俺だと多分おっかなびっくりのへっぴり腰で歩くことになるだろう。


 だがステラはちゃんとしている。脚にくくりつけたカスタネットをリズミカルに鳴らしながら歩いていた。


 カチカチッ。


 鋭く高い音を鳴らしながら、足取りはしっかりとしている。

 ……大したものだ。小さな石も避けたりしてるな。歩くのに支障はないらしい。


「ウゴウゴ、みえなくてもあるける?」

「歩けますよ。ウッドのこともわかりますし……」


 そう言ってステラはウッドに顔を向ける。

 その様子にディアが興奮気味に話す。


「ぴよ、すごいぴよよ!」

「我もできるかな!?」

「……マルちゃんはけがするぴよ」

「がーん!」

「まぁ……怪我しますね」

「ががーん!」


 一刀両断だ。

 普通に歩いててもへばるし、森でわかったが運動神経も良くはないからな……。

 やめておいた方が無難だろう。


「うぅぅ……」

「ぴよ……まずはかためをつぶってあるくのはどうぴよ?」

「それはいい考えだな」

「なるほど、まずは片目からですか! さすがは主ですね!」

「ぴよ! ……まずはあたしをおろすぴよ」

「わかったぞ!」


 すっとディアが降りて俺の側に来る。

 ……逃げてきたとも言える。あるいは何かを察知したか。


「よし、片目で、ふむ……」

「ウゴウゴ……ふらふらしてる」


 最初の一歩目からすでに怪しい。


「ぴよ……だめぴよ?」

「だ、大丈夫だ!」

「本当に大丈夫か……?」


 よちよち……。

 マルコシアスの足取りはディアよりもおぼつかない。

 ……ストップした方が良さそうだな。明らかに家まで辿り着けそうにないぞ。


 と、ズガっとマルコシアスの体勢が崩れる。


「あっ……!?」


 小石につまずいたか!?


「危ない……!」


 しかしステラが腕を伸ばして、マルコシアスが転ぶ前に身体を抱き止める。

 ナイスフォロー。


 もちろん体幹鍛えてるステラはびくともしない。

 というか、目隠ししてるステラが助けるのか……。


「あ、ありがとう……母上」

「んん、気を付けてくださいね」

「……わかった。すまない」

「ぴよ……かあさまみたいになるみちはとおいぴよ。すぐにはなれないぴよ」

「我が主、その通りだ……。いつか母を超えないとな……」

「……そういう話でしたっけ?」

「違うと思うが……」


 そこでマルコシアスが首を振る。


「エコロケーション、できると思ったんだがな。身体がついていかないのだ」

「ん……?」


 あれ、俺はエコロケーションとは一言も口にしていないはずだ。

 もちろん原理的な説明はした――音の反響で物体の位置や大きさを捉える。


 でもエコロケーションは現代地球で名付けられたものなので、言わなかったのだ。

 もしこちらの世界で別の名前が付いていると、後で整合性が取れないかもだからな。

 レイアの助け舟で詳しく説明せずに済んだが……。


「これはエコロケーションと言うのですか、マルちゃん?」

「ああ、そうだ……。名前だけは知っているのだが。誰がいつ見つけたとか、詳しく聞かれてもわからんぞ」

「ふむ……どこから聞いたのかも思い出せないか?」

「……ぱっと思い浮かんだので、どこで聞いたかは思い出せない」

「それもすごいぴよ」


 ゲームの中にエコロケーションという単語は出てこない……はずだ。

 無論ゲームのテキストを全て丸暗記しているわけではないが、印象深いシーンでは出てきていない。

 それなのにエコロケーションという単語を口に出せた。意味としても完璧に把握できている。


 地獄の侯爵としての知識か、あるいは何かの偶然か。

 いずれにせよ、マルコシアスはこの世界の普通の住人ではないからな。その辺りが関係していると見るべきか。


 よくはわからんが……もし記憶をサルベージできるなら、使える知識もあるかもな。

 よし、覚えておこうか。


 ◇


 翌日。

 ステラ班はフラワーアーチャーの撃破に参加していた。

 敵本陣には手を出さず、周囲の敵を掃討する計画だ。

 ステラ班の援護に回るのは、アラサー冒険者の一団。


 フラワージェネラルが相手でないので、それほど危険でもない。

 今日は着実にフラワーアーチャーを減らしていけばいい。


 だが、彼らは一様に首を傾げながら森を歩いていた。


「……ステラさんのアレはなんだ……?」

「脚にカチカチなる楽器――カスタネットと言うらしいですけど」


 気になっているのはステラの脚にくくりつけてあるカスタネット。

 そしてステラはさらに昨日とは違って、黒のバンダナを頭に巻いていた。


 気合いが違う――のか?

 さっきアラサー冒険者達は説明は受けたが、いまいち理解できなかったのだ。


 音を鳴らして反響を捉える。もちろんそういう魔物がいるのは知っている。

 しかしそれは魔物だから可能な芸当のはず。

 人間がやれる範疇の話ではない。


 だが、ステラはそれに挑もうとしている。

 脚にカスタネットをくくりつけて。


 カチカチッ。


 規則正しく鳴るカスタネット。

 もうすぐフラワーアーチャーの潜む地点に到達するが……。

 あれで捉える、と言われてもよくわからない。


 しばらく森を歩いている。

 もう少しでフラワーアーチャーと遭遇するはずだった。

 今日は良い天気だ。しかも風もほとんど吹いていなかった。


 そしてアラサー冒険者は視界の端にフラワーアーチャーを見つける。

 数は偵察班の報告通り、二十というところか。


「……来ましたぜ」

「ええ……」


 ステラは答えると、バンダナをちょっと下げて目隠し代わりにする。


「はぁっ!? 何を……!?」


 いきなりの行動に、アラサー冒険者は呆気に取られた。


「……気にしないでくださいね」


 そういうとステラはバットを素早く構え、駆け出す。

 矢のように、というべきか。


 カチカチッ!


「……嘘だろ……!」


 目隠しをしているはず。

 そのはずなのに、ステラは森の中を駆け抜けてフラワーアーチャーに接近する。

 ステラを察知したか、フラワーアーチャーが射撃体勢に入る。


「おいおい、まずいだろ……!」

「どうすんだ……!?」


 アラサー冒険者の一団が慌てるが、もう遅いのはわかっていた。

 追い付けないし、フラワーアーチャーの射撃は正確そのもの。撃った弾は確実に命中させてくる。


 カチカチッ!


 ステラは息を軽く吐いて、立ち止まる。

 そしてすすっとバットを構えた。気負いもなく、優雅でさえある。


 先頭のフラワーアーチャーが種を打ち出す。

 相手が音を鳴らしていようが、目隠しをしていようが関係ない。そこに疑問を持つ思考回路は持ち合わせていないからだ。


 コンマ以下の世界。


 脚を小刻みに揺らし、音が世界に広がる。


 カチッ!


 ステラは落ち着いていた。

 見えてはいなくても、わかる。

 フラワーアーチャーの形も種の軌道も。

 確かにわかる。


 ……極めれば、打てるようになるだろう。

 あの見えない魔弾もきっと。


 確信を込めて、ステラはバットを振り抜く。


 カッキーン……。


 バットが種を打った。

 ステラが打ち返した弾は――しかし、フラワーアーチャーのすぐ頭上を飛んでいく。

 惜しいところだが、当たりはしなかった。


 だが、アラサー冒険者は度肝を抜かれていた。


「嘘だろ……!? もうちょっとで当たったぞ……!」

「普通に打ち返せてる……!!」

「あり得ない、そんなことが……!」

「ウゴウゴ、おしい!」


 ふむ……とステラは静かに問う。


「……どれくらい外れてました?」

「ウゴウゴ、あたまいっこぶんくらい、うえをいった!」

「なるほど……高過ぎたんですね。当たったと思ったのですが」


 その答えにアラサー冒険者達は戦慄する。

 当てたことに喜んでいない。打ち返して倒すことだけを考えている。

 しかしそんなことが可能なのか?

 目隠しをして、正確に弾き返すなんてことが……。


「次は当てます……!」


 フラワーアーチャーが次の弾を打ち出す。

 ステラが振る。


 それは瞬きほどの時間。

 だが、アラサー冒険者の一団はこの光景を生涯忘れないと確信した。

 それほどショッキングな光景であった。


 目隠しをしたステラが、次々と弾を打ち返してはフラワーアーチャーを倒していく。

 信じられない偉業。


 アラサー冒険者は思った。

 目隠しをしてフラワーアーチャーの弾を打ち返して倒すなど……自分には決して出来ない、と。

 しかしやれる人間はいるのだ。


「……こんなの、他の奴に言っても信じてくれねぇよな……!」


 十数分後、フラワーアーチャーはステラの反響打法の前に全滅していたのだった。

 ステラは確かな手応えを感じて呟いた。


「甲子園にまた、一歩……!」

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