52.しんでる……!

 俺は水色の魔術師に声をかける。

 まずは落ち着いてもらわないとな。


 とりあえず、俺はひょいとディアを抱き上げる。


「あー……驚かせて悪いな。今喋ったのはひよこじゃない。コカトリスクイーンのディアだ」

「ぴよ!」

「えええっ!? コカトリスは喋らへんはず!」


 らへんはず?

 なんだか語尾がすごくなまったぞ。大阪弁というか、関西の芸人みたいな……。


 そしてコカトリスは確かに喋らない。これでは説明にはならなかったな。

 ふむ、なるほど……どうしたらクールダウンしてもらえるか。


 と、ステラが咳払いをする。


「コホン、ジェシカ……。その方はここの領主、エルト・ナーガシュ様ですよ。落ち着いてください」

「はっ……!? 失礼しました!」


 水色の魔術師がぺこりと頭を下げる。

 ナイス、ステラ。

 コカトリス帽子も一緒に動く。

 可愛いは可愛いが……。


「ご挨拶が遅れました! 私、冒険者のジェシカと申します。大変失礼しました……。」

「ああ、さっきのあれこれは気にしないでくれ……。俺はエルト・ナーガシュだ。ステラから話は聞いてる。歓迎するよ」

「ウゴウゴ、ひさしぶり!」

「ウッド様も元気そうで。お久しぶりです!」


 こうして聞いている分には、ジェシカの言葉はなまらないな。

 さっきの「喋らへんはず」……あそこまでなまりがあるのは、初めてだった。


 というかこんな風に聞こえるんだな。前世のテレビで見聞きしたような……。これはこれで懐かしい響きだ。

 悪くない。もっと聞きたいくらいだ。

 ふむ、ジェシカに言ってみるか。


「……もし故郷の言葉遣いの方が楽なら、遠慮はいらないぞ。そちらの方で話してくれて構わない」

「ええ……!? あ、あの……で、ですが……」

「ここでは堅苦しいことは抜きにしたいからな」

「わ、わかりました……ほな、こちらで話します」


 やはり、なまっているな……。

 ひとつ勉強になった。

 この世界のなまりは、こんな風に感じ取れるんだな。


 さて一段落したところで、話題を変えよう。

 ディアから話をそらすとも言うが。


 ジェシカはAランク冒険者のはず。

 Aランク冒険者は一般的に英雄と呼ばれる。

 国によってはそれこそ、重要な戦力やアドバイザーとして遇されるくらいなのだ。


 そのジェシカがどうして、こんな面白い帽子を被ってここに来たのだろうか。


 まさか観光とステラグッズを買い込みに来たとか……。

 いや、それはないな。


「それでジェシカ、ここにはどんな用で来たんだ?」

「えー、冒険者ギルドから手紙を預かっとりまして。こちらになるんですが」

「……そのためだけに来たんですか?」

「そないなことになりますな。せやけど納得はしました。多分、手紙に書いたるはこのコカトリスのことやで……」

「ふむ……確かにコカトリスクイーンのことは冒険者ギルドに知らせたからな。そのことについてか……」

「ぴよ、あたしのことー?」

「そうだ。まぁ、もうちょっと大きくなったら説明するからな」


 抱えていたディアをステラに渡す。

 ジェシカが持ってきたのは厳重な手紙だった。

 手紙を受け取った俺は、早速開けてみる。


 手紙にはこんな風に書いてあった。


 ◇


『拝啓 エルト・ナーガシュ様。

 お手紙ありがとうございました。

 あの石からコカトリスクイーンが生まれたとのこと、前例のない事例でございます。

 そもそもコカトリスとは(以下、コカトリスのかわいらしさや重要性が熱く書かれているが省略)

 つきましてはザンザス冒険者ギルドでも生育の協力をいたしたく、よろしくお願いいたします。

 伝令として送りました冒険者ジェシカは色々と役に立つかと思います。

 契約期間は三ヶ月としておりますが、ぜひともこきつかって下さい。

 近いうちにまたお伺いします。よろしくお願いいたします。

 追伸 ジェシカはこの手紙の内容を知りません。適宜ご都合の良いようにお伝えしてください。

 最後にジェシカが被っている帽子は、今度投入する新商品です。出来ましたら感想をお聞かせください』


 ……ジェシカ、ほろり。

 君はレイアに売られたんだな……。


 そういえば聞いたことがある。

 Bランク冒険者は召集義務も少なく、気楽にやれる。

 しかしAランク冒険者は様々な特別クエストをやらなければいけない、と。

 もちろん手にする報酬は桁違いなんだろうが……。


 ステラがこちらをちらっと見る。


「どんなことが書いてありましたか?」

「ディアのことで協力したいとのことだ。あとはこれが……」


 俺は無言で、ジェシカをこきつかって下さいの部分を指し示す。

 ステラがそこを読み、同情の眼差しをジェシカに送った。

 さらにステラは小声で、


「……なるほど。まぁ、商売熱心な方ですからね」

「取引は心得ているな。さすがにやり手だ……」


 ジェシカは水の魔法を操るAランク冒険者。

 しかも確か、この国とは別の国の出身のはず。

 色々な情報や技術を教えてくれるなら、短期間でも欲しい人材だ。


「……ジェシカ、ギルドマスターのレイアからディアの生育に協力してくれとのことだ」


 俺には出来ないよ……。

 もう帽子のせいで面白芸人みたいなジェシカをこきつかうだなんて……。


 のんびりアドバイザーみたいな立ち位置でやってもらうとするか。


「なるほど、わかりましたわ!」


 細かい所は後で決めていけばいい。

 とりあえず新しい住人としてジェシカが加わるわけだな。


 と、そこで静かにしていたディアが首を傾げる。


「ぴよ? そのひもはなにぴよー?」

「気になるん?」

「ええ、なぜ横から垂れ下がってるですか?」

「助かるわ。スルーされたら悲しいもんな……」


 ジェシカが紐を引っ張る。


 ぴよ!


 帽子から可愛らしい鳴き声が響く。

 さらにジェシカが紐を引っ張る。

 連続で。


 ぴよ、ぴよ、ぴよ!


 やめろ、笑うわ。

 横を見るとステラが今にも吹き出しそうになって――。


「ふっ、あははは……なんですか、それ!」


 耐えられず、笑い出していた。

 釣られて俺も笑ってしまう。


「ははは……! 面白い帽子だな、それ」

「ウゴウゴ、おもしろい! コカトリス!」

「喜んでもらえてなによりです。ここまで被った甲斐があったわ……」


 ディアは鳴き声を聞いて、羽をばたばたさせた。


「ぴよ……! わーい、やっぱりなかまだー!」

「それなんやけど……」

「あ」


 ジェシカがひょいと帽子を取る。

 ……ディアが固まる。

 そして、叫びはじめた。


「ぴよ……!? しんでるー!」

「は、はやくもう一度被ってください……!」

「ええっ……!?」

「ぴよー! いきろー!」

「しゃーない、わかったわ……!」


 ジェシカが帽子を被りなおす。

 それを見たディアが落ち着きを取り戻した。


 どうやら帽子を仲間の頭だと認識しているのか……?

 そして帽子を外すと死んでいる判定になるらしい。


「ぴよ! しんでない……! いきてる?」

「い、いきとるよ」

「よかったぴよ!」


 ジェシカが俺に視線を送ってくる。

 俺はおごそかに頷き返す。


「ずっと被っててくれ」

「がーん!」


 ふむ、土風呂の時のようにすぐ話を思い付けない。

 ディアが帽子という概念をどう把握しているかだからな。

 初めて会ったかもしれない仲間なわけで……。


 そんなことを考えていると、ディアがまたジェシカを見つめる。


「ぴよ。そういえばぴよぴよがすくないけど、げんき?」

「え……?」

「…………紐を引っ張るんだ、ジェシカ」

「あっ、はい……」


 多分、これでいいはずだ。

 残念だが、ジェシカ……。ディアの前では帽子着用は義務だな。

 そして定期的にぴよぴよさせないと、ディアが心配してしまう……。


 ジェシカが少し遠い目で紐を引っ張る。


 ぴよ!


「ぴよ! げんきっぽいー!」


 こうして新しい住人ジェシカが加わった。

 ちなみに後で聞いたら、ジェシカの実家は魚の養殖を扱う大商人らしい。

 ふむ……本当にいい人材が現れてくれた。

 ……ちゃんとボーナスは払うからな。


領地情報


 地名:ヒールベリーの村

 特別施設:大樹の塔(土風呂付き)

 領民+1(コカトリス帽子装備の魔術師ジェシカ)

 総人口:152

 観光レベル:D(土風呂)

 漁業レベル:D(レインボーフィッシュ飼育)

 牧場レベル:E(コカトリスクイーン誕生)

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