19.目覚める冒険者

 ステラ達がザンザスへ向かってから二日。

 ザンザスへは片道三日かかる。まだ道のりは残っているな。


 空は相変わらず晴れ渡っている。

 やや風が吹いているだろうか。大樹の家が風を遮っているおかげで、寒くはないのだが。


 今日は領内の定休日。

 仕事はお休みにして、それぞれが思い思いに過ごす日だ。

 俺も何もしなくていいのだが――なんとなく、退屈だな。

 これまで密度の濃い日常を送っていたので、なおさら暇に感じてしまう。


 今日は何をして過ごそうか……。

 と、そこで俺は同居しているウッドのことを少し考えた。


 ツリーマンだから疲労は感じないだろうけど、ウッドにも息抜きは必要だよな。

 毎日働いているわけだし。

 ……よし、今日はウッドのしたいことをやってみようか。


「というわけなんだが、ウッド。やりたいことはあるか?」

「ウゴウゴ! ドリアードとひなたぼっこしたい!」

「ふむ……日向ぼっこか。ウッドはドリアードと仲が良いもんな」


 ウッドも成長期だ。ドリアードの力にあやかって、さらに成長したい気持ちがあるのかも。

 あるいは同じ植物同士、気が合うだけかもしれないが。


「それじゃ、今日はウッドの望むそれをしようか。大樹の塔に行ってみよう」


 ◇


 一方その頃、ザンザスへ移動中のナール達。

 カタカタと少し揺れる馬車にいる彼女達も暇を持て余していた。


「もうすぐザンザスに到着にゃん……。退屈な時間もやっとおしまいにゃん」

「そうですねぇ。私も何度かこの道は通っていますけれど、風景は代わり映えしないですし」


 アナリアが馬車の小窓を開けて、外を確認した。問題はないけれど、いつまでも見るには飽きてしまう。

 馬車に揺られて二日、明日にはやっとザンザスに到着するのだ。


「ふぇぇ……それにしてもザンザスは今、どうなっているんでしょう……。わたしがいたときは小さな村でしたのに」

「そうだったんですね……。今は何万人も住んでいて、とても賑やかですよ」

「それがスゴいです。信じられません……」


 話をしながら、ステラは窓の外を何気なく見ていた。

 ――が、窓の外に信じられないものを目にして、ステラが固まる。


「…………いま、道端に像がありましたよね?」

「んにゃ? ああ、もう像が道端にありましたかにゃ。あの像があるということは、ザンザスがいよいよ近くなってきた証にゃ」

「ええ、もうすぐ到着ですね」

「ふぇぇ! あの像、もしかしてもしかして……!」


 ステラが騒いだ視線の先には、銅像があった。

 髪の長いエルフが、素手で構えている銅像。


 ザンザスへ続く道には道しるべとして、いくつも置いてある銅像である。

 そう、それはどう見てもステラの像であった。


「もしかしなくても、ステラの銅像にゃん」

「ええ、ザンザスの周りにはいっぱいありますよ?」

「見比べてみるとよく似てますにゃ。再現度はばっちりにゃ」


 それを聞くと、ステラは顔を手で覆った。いまさらながらに、自分がどんな風に扱われているのか、理解したようだった。

 劇とかにはなっているのは知っていた。

 しかし実際は像まで作って祀られているのが、ステラであった。


「ふぇぇ……これは切り替えないと、ですね」

「んにゃ?」


 ナールとアナリアは、ふとステラの雰囲気ががらりと変わったのに気が付いた。

 いままでの気弱な雰囲気は――すっぱりと消えたのだ。


「はい、これからはステラ――冒険者として、気合い入れます!」


 ◇


 ドリアードの住む大樹の塔。

 その前にはすでに、ドリアード達が地面に埋まっていた。


 その数はざっと十。

 首だけを出したドリアードが並んでいる。


 ちなみにウッドはすでに、ドリアードに並んで横になっている。さんさんと日向ぼっこの最中だ


「そして……何をしているんだ?」


 ドリアードが埋まって寝息を立てている横で、冒険者も何人か地面に埋まっていた。

 もちろん、首だけは出ている状態である。


 俺とウッドが来たときには、すでにこの状態だったのだ。


 俺の心の底からの疑問に答えたのは、お調子者っぽい若手の冒険者である。


「ああ、エルト様……いえね、ドリアードが埋まった後の地面は植物がよく育つじゃないですか」

「そうだな、なんでもよく育つな」

「植物にも有効なら、人間にも効果があるんじゃないかって」

「…………えぇぇ……?」


 それでドリアードに並んで埋まっていたのか。

 いやあ、どうだろうね。

 埋まっていた理由はわかるが、効果はあるのか……。

 しかし、冒険者も色々な人がいるな。ステラなんかとは、また違う生き方をしている感じだ。


「わーい、みんな日向ぼっこしてるー」


 塔から現れたのは、テテトカだった。

 右手には大きめのじょうろを持っている。


 あのじょうろは、俺がテテトカへプレゼントしたやつだな。

 今までドリアードにはじょうろを使う文化がないようなので、贈ったのだ。


 テテトカはそのじょうろを持ち上げると、ふんふんと鼻歌を歌いながらドリアードに水をまいていく。

 花壇の花に水をやるみたいに。

 地面にまで埋まった人の、頭の上から水をかけているようにしか見えないが……。


「じょうろで、ぱしゃぱしゃ~。しっとり~」

「新手の拷問かな?」

「はいー?」

「なんでもない。続けてくれ」


 俺の言葉に冒険者はぎょっとする。


「ちょ、ちょっと……水は……?!」

「人間さんも水いるんです? もうあんまり水ないですけど」

「いや、いらないみたいだな」


 さすがに水はハード過ぎる……。

 もし通りがかりの商人が見たら、この光景はトラウマものだぞ。


「エルト様……た、たすかりました……」

「ドリアードにその辺のアレはわからないからな。気を付けた方がいいぞ」

「へ、へい……肝に銘じます……」


 ちなみに人間がこのドリアードの地面に埋る件だが――結論から言うと人間にも効果があるみたいだった。

 永続的ではないが数日間、調子が良くなるらしい……。

 まぁ、暇ならやってみてもいいかもな。


 それからというもの、たまにドリアードの隣で埋まっている冒険者を見かけるようになった。

 さらに一部の熱心な冒険者は、ドリアードに頭から水をかけてもらうらしいが……。


 まぁ、冒険者とドリアードが仲良くなることはいいことだ、うん。

 アレだ、サウナに一緒に入るみたいな……そんな感じだろう。

 何事もやってみるものだな。

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