エピソード 2ー6

 パーティーから数日、アイリスはわりと忙しい毎日を過ごした。

 アルヴィン王子と、エリオット王子の会談に、アイリスは補佐として同行。リゼル国の大臣などを交え、薬草園や町造りについてあれこれ話し合いを進めていく。


 ただ、薬草園についてはリゼルの人間を派遣してもらうだけだし、町造りも基本的には同じ場所にそれぞれの国が勝手に町を造るだけだ。要点さえ押さえてしまえば、あとはどれだけ相手国よりも早く町を造れるかが重要で、揉める要素は限りなく少ない。


 という訳で、協力できるところを協力するための話し合いはそこそこ紛糾しつつも、それなりには順調に進んでいった。


 ちなみに、なぜか急に話し合いに興味を示したジゼルが、やたらとアイリスに会議の内容について質問してくるようになった。エリオット王子が関わっているからに他ならないが、事情を知らないアイリスは首を捻っていた。


 そうして話し合いが進む傍ら、アイリスは請われて研究所にも顔を出した。アイリスがリゼルで暮らしていたあいだ、ザカリー王子の名の下、アイリスが運営していた研究所である。


「ご無沙汰しております、アイリス様」

「ロビンも久しぶりね。作物についての研究成果を風の噂で聞いているわよ」

「……国外秘の情報なんですが、相変わらず耳が早いですね」

「わたくしのかかわっていない研究を奪ったりしないから安心なさい」

「この研究所に、アイリス様が活用なさることに文句をいう者はおりませんが……まあ、そんなことを言うと、陛下からお叱りを受けますからね。そう言ってくださると助かります」


 農業について研究するロビン、その他、アイリスの集めた研究者達がアイリスの来訪を聞いて集まってくる。そんな彼らに向かってアイリスが「聞きなさい」と口を開いた。

 瞬間、彼らは一瞬で静かになり、アイリスの言葉に耳を傾ける。


「すぐに上から話が来ると思いますが、リゼルとレムリアの緩衝地帯に町を造ります」

「……町、ですか?」


 ロビン達研究者が顔を見合わせた。


「なにか問題がありますか?」

「いえ、相変わらず突飛なことをおっしゃるな、と。もちろん、問題はございません」

「よろしい。では話を続けます」


 アイリスは詳細は伏せたまま、その町と交易をおこなうことを打ち明ける。その上で、町まで往復で三週間ほど掛かるため、その時間を短縮することを考えて欲しいと訴えた。


「街道を整備しろ、と?」

「端的に言ってしまえばその通りです」


 現在は踏み固められただけの街道だ。地面を均す、砂利を敷き詰める、石畳を敷くと、順に馬車などの移動速度は上がっていく。


「ただ、対費用効果も無視できません。その辺りも踏まえて、ということですね。ちなみにこれ、貴方達がおこなうのは町からリゼルのあいだだけです」


 レムリアと町のあいだはレムリアがおこなうという意味。競争ですねと焚きつければ、彼らは物凄い勢いで話し合いを始めた。

 ちなみに、アイリスはレムリアでも同じように焚きつける予定である。



 ――と、そんな日々を過ごした後、アイリス達はレムリアへ帰還することになった。

 旅立ちの朝。


「それでは、行ってまいります」

「あぁ、気を付けてな」


 家族に告げる別れの挨拶は、アイリスらしい実にあっさりとしたものだった。同時に、アイリスの家族である者達も、実にあっさりとした言葉でアイリス達を見送る。

 そうして、あっという間にアイリス達を載せた馬車は出発した。


「……前回も思ったが、おまえの家族はずいぶんとあっさりしているな」

「また会えると分かっていますから。それに……」


 アイリスが馬車の小窓から見える後方を視線で示す。そこには、静かに見送る家族の姿がいまもなお残っていた。


「……なるほど、あっさりとはしていても、薄情ではないと言うことか」

「ええ、素敵な家族でしょう?」

「たしかに、な」


 アルヴィン王子がふっと笑みを浮かべる。

 ――一年前ならともかく、いまのアイリスならばリゼルに戻ってもなんの問題もない。だけど、アルヴィン王子は残らなくてはいいのか? とは尋ねない。

 そして、アイリスも尋ねないのですね? とも口にしない。


「しかし、ほろ酔いのアイリスは中々に可愛らしかったな」

「いますぐ忘れてくださいっ」


 二人を乗せた馬車は、レムリア王都へと向けて走り出した。




 それから三週間、馬車の旅は順調に進んだ。

 順調――といったが、途中で魔物の襲撃はあった。魔の森を襲撃した魔物が、アイリス達に撃退されたことで残党となり、周囲に散っているようだ。リゼルに向かうときよりも、レムリアに戻るいまの方が増えている。

 ただ、そのどれもが残党でしかなく、アイリス達の脅威にはなり得なかった。


 同時に、普通の旅人には脅威になり得る戦力である。街道の整備と共に、周囲の残党狩りも必要になってくるだろう。

 そんな風に話し合いながら旅を続け、一行の馬車はレムリア王都へとたどり着いた。


 王都の門をくぐったときに伝令が走り、王城に一行の帰還が知らされた。王城で盛大に出迎えられたアイリス達は、その足でグラニス王との謁見。

 薬草園や町造りについての話し合いの報告を終える。


「さて、それではひとまず解散だな。またすぐに忙しくなるが、重要な話し合いも終わり、あとは決まったことを進めるだけだ。数日はゆっくりするがいい」

「そうですわね。では、わたくしはフィオナ王女殿下に会うといたします」

「おまえは、本当にフィオナが好きだな。実家にもジゼルという可愛い妹がいるだろう」

「もちろん、ジゼルが大切な妹であることは事実です。フィオナ王女殿下とジゼル、どちらへの愛情がより深いかと問われれば答えられないかもしれませんが……」

「……が?」

「わたくしが可愛がりたいのはフィオナ王女殿下なのです!」

「そうか、まぁほどほどにな」


 呆れ口調のアルヴィン王子に見送られ、アイリスはフィオナがいるであろう区画へと向かう。フィオナお付きの使用人の一人に居場所を聞いて図書室に向かうと――


 書物とノートを見比べながら、黙々とペンを走らせる王女の姿があった。

 窓辺から差し込む光がライトリフレクターで散り、柔らかな光となって降り注ぐ。淡い光を一身に受けるフィオナは、ときに眉を寄せ、ときに笑みを浮かべてペンを走らせている。


(フィオナ……本当に、頑張っているのね)


 アイリスが視線を向けていても彼女は気付かない。かつてのアイリスにはなかったひたむきな努力をしている。フィオナはきっと、アイリスにはなれなかった立派な女王になるだろう。


 そう思ったとき、アイリスはフィオナに対して不思議な気持ちを抱いた。それは決して不快ではなく、どこか憧れにも似た、誇らしくて優しい感情。


 いまのフィオナを見て、未来の女王に相応しい努力をしていない――なんて口にする者はいないだろう。そうでなくとも、アイリスがそのようなことは言わせない。


 アイリスに気付いているフィオナお付きのメイドが、主に呼びかけようとする。だがアイリスは首を横に振って、そのままでかまわないと意思を示した。

 アイリスが見守るなか、ページをめくる音と、ペンを走らせる音だけが響く。


 それからおよそ四半刻ほど過ぎて、フィオナが不意に顔を上げた。そうしてアイリスに気付いた彼女は目を瞬いて、それからぱーっと表情を輝かせる。


「アイリス先生、お帰りなさい!」

「ただいま戻りました、フィオナ王女殿下」


 席を立って飛びついてくる。四半刻ほど気配を殺していたことで足が少しだけふらつくが、アイリスはフィオナをぎゅっと抱き留めた。

 それから優しく頭を撫でつけて、ところで――とノートを指差した。


「フィオナ王女殿下、そことそこ、間違っています」

「いきなり酷いっ!?」

「酷くありません。でも……他は正解です。よく頑張っていらっしゃいますね」


 アイリスが褒めると、フィオナはにへらっと笑った。


「えへへ、今度は置いて行かれないように頑張ったんだ。だから、アイリス先生が次に何処かへ遠征するときは、ちゃんと私のことも連れて行ってね?」

「はい、もちろんです」


 アイリスは笑顔で応じる。


(……とは言ったものの、わたくしは魔族に狙われている。王都の中ならともかく、わたくしと一緒に、フィオナを王都から出すのは危険なんですよね)


 フィオナが今回の旅に同行できなかった一番の理由は、アイリスが狙われているからだ。である以上、いくらフィオナが女王に相応しくなっても関係ない。

 フィオナのやる気のためにも、なにか対策を考える必要がある。

 少し考えたアイリスは――


「フィオナ王女殿下、明日は王都に遊びに行きましょう」


 ひとまず、妥協案で問題を先送りすることにした。



 という訳で、翌朝。アイリスとフィオナはちょっとお嬢様な町娘風の変装をしていた。髪は軽く纏め、ラフでスッキリとしたブラウスにスカートという出で立ち。

 二人とも同系統のファッションに身を包んでいるが、フィオナは腰に物騒な剣を携えているのでわりと台無しである。一応、申し訳程度に上着で隠れてはいるが……

 重要なのは、フィオナを楽しませることなので問題はないと判断。


「さぁ行きますよ」


 アイリスはフィオナの手を取って城下町へと繰り出した。

 もちろん、アイリスは事前にアルヴィン王子に報告済み。側には同行者こそいないが、なにかあったときのための護衛と使用人はちゃんと追い掛けてきている。

 その気配を確認しながら、アイリスはフィオナの手を引いて歩き出した。


「アイリス先生、どこに行くの?」

「フィオナ王女殿下、お忍びなので、先生は辞めた方がいいですよ」

「じゃあ……お姉ちゃんで!」

「~~~っ」


 無邪気な上目遣いを向けてくるフィオナを前に衝撃を受けた。アイリスは、フィオナは可愛いなぁと打ち震え、胸をぎゅっと押さえて冷静さを保つ。


「では……わたくしは、どういたしましょうか、王女殿下」

「フィオナで良いよ、お姉ちゃんっ」

「分かりました。それでは……フィオナはどこに行きたいですか? 前回は服飾のお店に行ったので、今回は別のお店がいいですよね?」

「……どこでもいいの?」

「もちろん、フィオナの行きたい場所でかまいません」

「じゃあ、じゃあ……屋台でなにか食べてみたい!」

「いいですよ。その代わり、お城で食べる料理との味の差にがっかりしないでくださいね?」


 アイリスは茶化すように言ったが、本心で心配していた。

 高ければ美味しい――なんて、アイリスも言うつもりはないけれど、食材の鮮度に、使用する調味料の種類、それに料理人の技術一つ取ってもレベルが違う。

 アイリスも、城から追放された前世では、食回りで酷くがっかりしたものである。

 だけど――


「大丈夫だよ、お姉ちゃん。私はね、城下で暮らす人達がどんなものを食べて、どんな風に生活をしているか知りたいの。だから、がっかりなんてしないよ!」

「フィオナ……分かりました。では、とにかく安いだけでまずそうなお店を探しましょう」

「普通、普通の屋台でいいよっ」

「冗談ですよ」


 本気で慌てるフィオナに、アイリスはクスクスと笑う。アイリスは可愛いフィオナのために、手頃な価格で美味しそうなお店を探すことにした。


「美味しそうな屋台……どれがいいですかね~」


 何度か城から抜け出したアイリスも屋台で食事はしていない。前世で追放されたときも、さっさと王都から離れたので城下町の屋台には詳しくない。

 キョロキョロとしていると、ラフな服装のお兄さんが近付いてきた。


「そこのお嬢さん、なにを探しているのかな?」

「美味しそうな屋台ですね」

「屋台か、色々知ってるよ」


 お兄さんがにこりと笑う。


「教えてくれますか?」

「そうだね、僕とデートしてくれたら教えてあげてもいいよ」

「生まれてきたことを後悔しますか?」


 アイリスは笑顔で、けれど少しも笑ってない目で問い掛ける。同時に、アイリスにくっついていたフィオナが無言で腰の剣に手を掛けた。


「ひ、ひぃっ、ご、ごめんなさい!」


 剣姫と賢姫の無言の圧力にナンパなお兄さんは腰を抜かした。既に生まれてきたことを後悔していそうな勢いで後ずさるが、アイリスが「待ちなさい」と引き止めた。


「こ、殺さないでっ」

「そんなことはしませんから、美味しい屋台を教えてください」

「え、あ、その……」

「知っているんですよね?」


 怯えるナンパなお兄さんから屋台の場所を聞き出した。

 そうして立ち去っていく二人は完全に自然体のまま。その普通に見えていような光景に、同じように二人に目を付けていた者達がすごすごと引き下がっていった。



「おじさん、串焼きを二本いただけますか?」

「はいよっ」


 たどり着いた串屋さんの前、お金を渡して串焼きを受け取る。

 一本をフィオナに渡したアイリスは、毒味を兼ねて最初にかぶりついた。じゅわっと肉汁が広がり、肉の味が口の中に広がっていく。


 ほんのりと煙の匂い、それにかなりクセの強い肉の味がするが、タレの味で上手く消してある。王城での食事になれていると味付けが濃いが、決して悪くはない。むしろ、値段を考えればかなり美味しい。屋台のおじさんの鋭意工夫が串焼きには込められていた。


 フィオナはと視線を向けると、彼女はもごもごと口を動かしている。食事を楽しんでいるというよりは、なにか研究しているような顔つきである。


「嬢ちゃん、口に合わなかったか?」

「え? うぅん、そんなことないよ。ただ、初めて食べるお肉だなぁと思って」

「そうなのか? これはブラウンボアの肉を使ってるんだ」

「え、ブラウンボアって……魔物?」


 フィオナが目を瞬いた。

 魔物のお肉が普通に露天で売られているとは思わなかったのだろう。ちなみに、アイリスは前世で追放された後の生活で、何度も口にしているお肉なので気付いていた。


「嬢ちゃんは知らないのか? 近くの山にブラウンボアが多く生息してるんだ。それを放っておくと、人里に下りてきて作物や家畜に悪さをするんで、冒険者が定期的に狩ってるんだ」

「へぇ、そうだったんだぁ」


 フィオナが感慨深げに呟き、串焼きのお肉をもう一口頬張った。アイリスが初めて食したときは結構な嫌悪感があったのだが、フィオナにはそれがないらしい。


(当時のわたくしと、いまのフィオナ。基本は同じ存在のはずなのに……不思議ですね。心境や、取り巻く環境の違いでしょうか?)


 追放されて絶望の淵に食べる食事と、誰かと一緒に食べる食事が同じはずはない。だがアイリスは、それだけでは説明できないなにかも、いまのフィオナにはあるような気がした。


「ところで、そっちの嬢ちゃんはどうだい? 見たところ、いいところのお嬢様っぽいが、率直な感想を教えてくれないか?」

「……率直な感想、ですか?」


 わざわざ率直と付けた意味を考えて首を捻る。


「実は、もうちょい中央に近い場所で屋台を出さないかって話があってな。だが、中央付近は、ここよりも裕福な連中が多いだろ?」


 なるほどと、アイリスはおおよそを理解する。購買層の違いで、食事に求めるモノも変わってくる。それを考慮して、良いところのお嬢様っぽいアイリスの意見が聞きたいのだ。


「そう、ですね……。タレの工夫は素晴らしいと思いますし、値段を考えれば十分に美味しい串焼きだとは思いますが……」


 アイリスはそこで言葉を切って、本当に口にしていいのかと迷う。それを察したおじさんは、ちょっと怯えた顔をしつつも「構わねぇから言ってくれ!」と促した。

 ついでに、フィオナにも、私も聞きたいとばかりに上目遣いを向けられる。


「富裕層向けなら、もう少しお肉の質と焼き方には気を使った方がいいでしょうね」

「肉の質ってぇと……別の種類って意味じゃないよな?」

「ええ。血抜きが不完全で、かなりクセがある味になっています。……ただ、そうなる事情も分かります。納品した冒険者が血抜きに慣れているとは限りませんからね」


 アイリスも、前世では冒険者時代があった。

 新人時代は魔物のお肉を納品する依頼なんかを受けて生計を立てていたこともあるが、血抜きに対して正しく学んだのはだいぶ後になってからだ。


「それは俺も思ってたが、対処方法がなぁ……」

「一応、血抜きに慣れた冒険者を指名するなんて方法もありますが、確実に単価は高くなりますね。対費用効果があるかと言われると微妙なところでしょう」


 当たり外れのあるお肉を、すべて当たりにするためだけに高く仕入れる。貴族のあいだでは当たり前の考えだが、貧困層では絶対に受け入れられない。

 平民の裕福層では、さて……といったところである。


「ねぇねぇ、お姉ちゃん。冒険者って……実績によってランクがあるんだよね?」

「え? あぁ、そうですね。それがどうかしましたか?」

「そこに血抜きの実績を加えたらどうかな? 血抜きの方法を講習で学んで、技能として冒険者の実績に解体術、みたいな感じで書き加えるの」

「……つまり、解体術を持っている冒険者が納品したお肉は、少しだけ買い取り価格を高くする、と? たしかに、それはありかもしれませんね」


 ふむふむと、アイリスはそれによって起きうるあれこれに思いを巡らせる。

 まず、血抜きされたお肉が増えることで食材の質が向上する。もちろん、それに合わせて単価も上がるが、血抜きを出来る冒険者が増えれば価格は落ち着くだろう。

 指名料がない分、個人で雇うよりもコストは下がるはずだ。逆に、血抜きを失敗したお肉が安くなるため、貧困層にとっても悪い話ではない。


「……嬢ちゃん?」

「っと、すみません。食材については、いまのところはなんともしがたいですね。でも、将来敵にはなんとかなるかも知れませんよ」

「そうかい? なら、期待せずに待っとくぜ。それで、焼き方って言うのはなんだ?」

「薪を使っているので、温度調節が難しいのでしょう? それに、煙の匂いがお肉についてしまっています。これは炭を使えば解決しますが……」

「なるほど、そっちも単価が高くなるって訳か」

「ですね。味は確実に上がりますが、単価に見合うかまでは……」


 コンロの魔導具は存在するが、コストが薪とは桁違いに高い。だが、コンロの魔導具が存在するがゆえに、その中間にある炭の生産が盛んではない。

 こればっかりは、一朝一夕ではどうにかなる問題ではない。


「いや、助かった。これはお礼だ、もう一本ずつ持っていきな」


 屋台のおじさんに串焼きを渡される。それを受け取ったアイリス達はその場で串焼きを平らげ、ごちそうさまとその場を離れた。


 その後も、アイリスとフィオナはいくつかのお店を見て回った。驚かされたのは、フィオナが為政者として町を観察していることだ。

 どうすれば町が、人々の暮らしがより良くなるかを考えている。


 そういう意味でも非常に有意義な一日となった。そうして陽差しが傾き始めた頃、王城の近くまで戻ったアイリスは不意に首を傾げた。


「……お姉ちゃん、どうしたの?」

「フィオナ、先に帰っていただけますか? 忘れ物をしました」

「……忘れ物? それなら私もついていくよ?」

「いいえ、わたくし一人で大丈夫です」

「よく分からないけど分かったよ」


 良い子ですねと、アイリスはフィオナの頭を撫でた。いつもと違って少し乱暴な、前後に撫で回す感じだが、後ろで髪を束ねているフィオナの髪は乱れない。わわわっと慌てるフィオナに向かって笑いかけ、アイリスは素早く引き返した。


 フィオナをその場に残したアイリスは、気配のいくつかがアイリスを追い掛けてくることを確認する。アイリス達を護衛している者達だが、その中に異質な気配が混じっている。

 警戒するべき事態――ではあるが、その気配の主に心当たりがあった。アイリスは何気ないフリをして人気が少ない道を進む。ほどなく、その異質な気配が近付いてきた。


 接近は正面からだ。それが敵対の意思はないという意思表示だと受け取ったアイリスは、最低限の備えはしつつも、敵対行動は取らないように注意する。

 まるでそれを確認したかのようなタイミングで姿を現したのは黒髪の少女。服装は普通の町娘、黒い翼もなくなっているが、その印象的な赤い瞳を忘れるはずがない。

 彼女はエリス、アイリスのことを魔王の魂を持つ存在だと口にした魔族の少女だった。

 

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