エピソード 3ー7

「二人になにをしたの!」


 声を荒らげるアイリスに対して、新手である魔族達はへらっと笑っただけだった。代わりに、その小脇に抱えられているイヴが声を上げる。


「アイリス様、申し訳ありません。みんなは、逃がし……ました。……でも、ネイトが、私を庇って……っ」


 イヴの言葉を聞いてとっさにネイトに視線を向ける。

 意識はないが、目に見える大きな外傷もない。呼吸も整っていることから、どうやら気を失っているだけだと理解して、ひとまず息を吐いた。

 新手の魔族はそんなアイリスには目もくれず、膝をつく少女の魔族に対して視線を向ける。それから蔑むような声で「おいおい、なに苦戦してるんだ」と笑った。


「手出しは無用だと、言ったはずです」

「そうはいかねぇ。万が一にもその女を取り逃がす訳にはいかねぇから――なっ」


 角の魔族が攻撃魔術を放つ。

 アイリスはとっさに大きな結界を張ってその攻撃を防いだ。


 一対一でも厳しい。出来れば援軍をと願っていたところからの一対三――どころか、ネイトとイヴが人質に取られた状況。魔族をここで滅ぼすなんて言っている場合ではない。

 そして――


「おいおい、なにを防いでくれてるんだ? こいつらがどうなってもいいのかよ?」

「……よくはないわね。でも、私が負ければ、その子達を殺すのでしょう?」

「はっ、よく分かってるじゃねぇか」

「だったら、その子達は人質にならないわ」

「それはどうかな? たとえば――おまえが反撃をしたら、こいつらのうち片方を殺す」

「――っ」


 魔族のくせに人間の嫌がることを理解していると、アイリスは唇を噛んだ。

 その直後、角の魔族が特大の魔術を放ってきた。隙だらけだが、彼らは子供達を盾にしていて、アイリスは反撃することが出来ない。


「フィストリアっ!」


 フィストリアを顕現させて、敵の魔術に対抗するべく強力な結界を張る。

 激しい衝撃。

 敵の攻撃を防ぐことには成功するが、アイリスは魔力の消耗を強いられる。膠着状態といえなくはないが、アイリスが一方的に消耗していくような状況。


「アイリス、様……私達のことは気にせず、逃げて、ください……っ」

「ふざけないで、あなた達を置いていけるはずがないでしょう! 二人ともちゃんと助けてあげるから、大人しくしていなさいっ!」


 アイリスはらしくもなく声を荒らげた。

 二人は無力だからこそ生かされている。もし下手な抵抗をすれば即座に殺されるだろう。そしてアイリスが下手な抵抗をしても同じ結果になりかねない。

 だから――


「アイリス、様……それは出来ないこと、ではありませんか?」


 イヴが弱々しい声で、それでもきっぱりと言い放った。端的に告げられたその言葉は、アイリスがイヴ達に告げたセリフの焼き直し。

 彼女はこう言っているのだ。

 この状況で自分達を救うなんて出来ない。

 出来ないことをしようとするのはワガママだ――と。


 たしかに、二人を人質に取られていてはまともに戦えない。こちらの攻撃が二人に当たる恐れもあるし、そうでなくとも二人を殺すと脅されてるいまアイリスに出来ることは少ない。

 だけど――そんなことは分かっている、


 前世でフィオナだったころ、様々な犠牲を払って自分を護ろうとする人達に反発した。にもかかわらず、アイリスは様々な犠牲を払って前世の自分を護ろうとしている。


 いまもそうだ。

 イヴやネイトには出来ることだけをしろと命じておきながら、自分は出来ないことを無理にやろうと足掻いている。

 だけどそれは自己矛盾、なんかじゃない。


「イヴ、貴方のご主人様はワガママなのよ」


 アイリスは笑って、それから身を護るための結界を張り直した。


(……彼女と戦闘を始めてからまだそれほど経ってないわ。さっきの雷の魔術には気付いた仲間もいるはずだけど、援軍が来るのはもう少し先でしょうね。だけど、それでも……)


 時間さえ稼げば、次に来るのは今度こそ味方のはずだと歯を食いしばる。


「はっ、その強がりがいつまで続くか見物だな」


 続けざまに、角の魔族が魔術を放つ。

 アイリスはその連続攻撃を回避、あるいは結界で防ぎ続ける。けれど、幾度か魔術を防いで結界が弱まった刹那――コウモリの翼を生やした魔族が爆炎の中を抜けて向かってくる。


「しま――っ」


 剣による一撃で結界をあっさりと打ち砕かれて、その横薙ぎの剣がアイリスに迫り来る。とっさに魔剣で受け止めるが、アイリスは衝撃に耐えきれずに吹き飛ばされてしまった。


 為す術もなく地面の上を転がった。全身の痛みに耐えながらも飛び起きるアイリスの目前に、新たな攻撃魔術が襲いかかる。


(避けられない――っ)


 拳精霊によって得ている耐性は衝撃によるダメージ。

 魔術の直撃は防げない。なんとか直撃だけは回避しようと身体を捻る。刹那、アイリスの目前に現れた結界が、その魔術を弾き散らした。


「ほぅ、いまのに反応するか、なかなかやるではないか。だが、そろそろ遊びは終わりだ」


 角の魔族が巨大な魔法陣を展開した。いままでとは比べものにならない大技で、今度こそアイリスに防ぐ術はない。

 だが、不意に角の魔族が展開した魔法陣が霧散する。


「おい、どうし――た?」


 不審に思ったコウモリのような翼を持つ魔族が振り返ろうとして、だけどそれが叶わなくて、自分の身体を見下ろした。その背中から胸を剣が貫いている。


 角の魔族にはフィオナの剣が、そしてコウモリのような翼を持つ魔族にはアルヴィン王子の剣が突き立てられていた。


「よくも私の先生を虐めてくれたね」

「そうだ。アイリスを虐めていいのは俺だけだ」

「違うよ、私だけだよっ!」


 こんな状況にもかかわらず戯れ言を口にする二人。

 けれど冗談は口だけで、二人は容赦なく剣を引き抜き、返す刀でそれぞれの魔族にとどめを刺し、小脇から落ちるイヴとネイトを保護してみせた。


「二人とも、どうしてここに……」

「話は後だ、アイリス。まだ一人魔族が残っているだろう?」


 アルヴィン王子が鋭い視線を向けるのはアイリスの斜め後ろ。そこにはまだ魔族の少女が残っている。アイリスは振り返り、その魔族の少女に視線を向ける。


「……なぜ、わたくしを助けたのですか?」


 さきほどアイリスを救った結界は、アイリス自身が展開したものではない。また、フィオナやアルヴィン王子は魔術を使えない。

 消去法として、結界を張ってアイリスを救えたのは少女の魔族だけだ。


「私の目的は貴方を連れて帰ることですから」

「……そう、ですか」


 相槌を打ちながら、その言葉の意図を探る。

 その言葉通りならば、アイリスに過度な危害を加えるつもりはないという意味。そして、容赦なく危害を与えようとした二人の魔族とは目的が違う可能性が高い。


「貴方は――」

「これまでのようですね」


 アイリスのセリフを遮って頭を振る。なにかと周囲に意識を向ければ、味方の声が遠くから聞こえてくる。更なる援軍がやってきたらしい。


「残念ですが、今日のところはこれで失礼いたします」

「逃がすと――」

「――思ってるの!?」


 アルヴィン王子とフィオナが魔族の少女を挟み込むように攻撃を仕掛ける。けれど魔族の少女は二人の攻撃をあっさりと回避。

 縮地のごとき速度でアイリスの目前へと移動した。


「……私はエリス。貴方様の名前を伺っても構いませんか?」

「わたくしは、アイリスです」

「ではアイリス様、またいつかお会いいたしましょう」


 一瞬屈み込んだかと思えば、そのまま屋根の上へと飛翔する。エリスと名乗った魔族はそのまま屋根の上を伝って何処かへと消えていった。


「フィオナ、おまえはアイリス達を。俺はあいつを追う」

「――ダメですっ!」


 後を追おうとするアルヴィン王子をとっさに引き止める。なぜだと振り返るアルヴィン王子に、アイリスは無言で首を横に振った。

 彼は唇を噛んで、それから「分かった」と剣を鞘にしまう。


 それを見届け、アイリスはネイトの元に駈け寄って治癒魔術を施す。意識は失っているが、目立った外傷はなく呼吸も整っている。どうやら本当に気を失っているだけのようだ。

 アイリスは引き続きイヴにも治癒魔術を施し、それからアルヴィン王子へと視線を向ける。


「それで、二人はどうしてここに?」

「護衛の騎士達と合流した後、各地に早馬を走らせて俺は城へ援軍を呼びに行った」

「で、事情を聞いた私がお兄様と一緒に飛んできたんだよ」

「……いや、飛んできたって……いえ、そういえば、そういう立場でしたね」


 意味もなく危険なことに首を突っ込めないのが王族という立場。だが、発生した問題を収めるために危険な場所へ突撃するのが剣姫という立場。

 それにしても、馬車なら二十日は掛かる距離を十日で移動する、凄まじい機動力である。


「では、他にも援軍が?」

「ああ、途中で戦闘に気付いて先行してきたが、そろそろ合流しているころだろう」


 アルヴィン王子の言葉通り、ほどなくこの場にも援軍が登場。それに遅れて、魔物の群れが撤退を開始したとの知らせがアイリスの元へと届いた。

 こうして、アイリスは里の被害を最小限に抑えることに成功したのだった。

 

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