ミルキー・パール
第31話
瑠衣は、椅子から突然立ち上がった。
「滝君」
滝君は、驚いて瑠衣を見上げた。
「…何…?」
瑠衣は、キョロキョロと窓の外や、部屋の中を見回した。
「私、…呼ばれてる…」
彼は、怪訝そうな顔をした。
「…?…誰に…?」
瑠衣は、首を横に振った。
「…わからない。…ゴメン!先に部屋出るね!」
瑠衣はドアの方へと歩き出した。
「…ああ」
彼は驚きながら、少し身を乗り出した。
振り向いて、瑠衣はこう付け加える。
「後で、みんなでトランプしよう。また、連絡する」
「…わかった」
彼は、後悔したように顔を歪ませ、こう言った。
「さっきは、ごめん。…怖い事して」
瑠衣は笑った。
「怖くは、なかった」
不思議なほど。
彼は驚いて、目を見開いた。
「本気じゃ、なかったでしょう?」
「……」
部屋のドアが閉まり、
瑠衣が、部屋から出て行った。
「……本気じゃ無かったら、あんな事出来るかよ…」
彼は目の上に右腕を乗せながら、椅子にもたれかかった。
これは、何?
誰かが自分を、呼んでる。
理衣のしわざ?!
時々妹から、頭の中で妙な呼び出しを食らう。
彼女が作った、おかしな発明品のせいで。
体が、勝手に動く。
衝動的に。
…エレベーターで1階に降りて、訳がわからないまま、旅館の中庭へ。
小石が敷き詰められた格調高い庭園風の中庭には、細い橋がかかった小さな池が中央にある。
石造りの立派な灯篭が、辺りをほんの少しだけ明るく、青白く照らしていた。
この静かな中庭で、池の脇に佇むたった1人の人間が、瑠衣をここまで呼び出したのだ。
トオヤだった。
「……私を、呼んだ?」
「…瑠衣」
トオヤは振り向いて、瑠衣よりも驚いた顔を見せた。
「まさか、本当…?」
彼の手の中には、彼の携帯電話があった。
その指は、ケースの『シルリイ』に触れていた。
理衣が作った『シルリイ』は、本当に彼女を呼ぶ事が出来るなんて。
「どうして…?」
瑠衣はトオヤに思わず尋ねた。
「私を呼んだのは、トオヤ?」
トオヤは曖昧に微笑み、
「内緒」
自分の戸惑いに震えたようになりながら、
みるみるうちに顔が赤くなった。
「……どこにいたの?瑠衣」
瑠衣は、トオヤの顔をじっと見た。
今までとは全く違う、彼の表情。
自分の情熱に怯えたように緊張しながら、
瑠衣との距離を、少しずつ縮めていく。
「ずっと瑠衣を、探してた」
夜の庭園の中、灯篭から漏れる青白い光がトオヤの、美しい輪郭をはっきりと輝かせる。
「瑠衣に、会いたかった」
「……」
どうしてこんなに、
磁石のように心が、
引き寄せられるんだろう。
トオヤは、瑠衣に尋ねた。
静かに歩み寄りながら。
「…何か、あった…?」
この質問は、以前にもした事がある。
あの時は、駅のホームで、
瑠衣は恐怖に震えていて、
トオヤは瑠衣に、
触れる事は出来なかった。
瑠衣は、首を横に振った。
トオヤは、少し苦笑いをした。
瑠衣は、涙を流している。
「やっぱり、泣き虫」
トオヤは瑠衣のすぐ側に近づいて、長袖シャツの左袖で瑠衣の涙をそっと拭きながら、こう尋ねた。
「触れていい?瑠衣」
「…?」
瑠衣は泣きながら、頷いた。
トオヤは瑠衣の体を引き寄せ、宝物を扱うように、優しくぎゅっと抱きしめた。
吐息を、感じる。
全身が、痺れていく。
瑠衣は、言葉を発しなかった。
どの言葉も、見つけられなかった。
「今まで滝と、一緒だった…?」
瑠衣は、頷いた。
そして、目からまた涙が溢れてきた。
何が何だか、訳がわからなくなった。
何故、今、自分はトオヤに抱き締められているのか。
それさえも。
「何か、された…?」
瑠衣は、また首を横に振り、
「私が、最低な事をしただけ」
と、答えた。
「瑠衣…」
瑠衣を抱きしめながら、
「見て」
彼は、囁いた。
「……?」
彼は瑠衣から体を離すと、ポケットから小さな物を2つ取り出した。
『シルク』の顔そっくりの、キラキラ輝くビジューで出来た、イヤリング。
イヤリングの白猫は、こちらを見てにっこりと、微笑んでいる。
「つけてあげる」
彼は瑠衣の左耳に触れ、
小さなイヤリングを、ゆっくりとつけてくれた。
…ぞくっとした。
特別な何かが起こっているような。
彼は、瑠衣の右耳にもそっと触れ、
もう片方のイヤリングも、つけてくれた。
…くすぐったい。
「似合ってる」
熱い吐息が直接、耳にかかる。
これではまるで、瑠衣の反応をただ、観察しながら楽しんでいるかのよう。
どんな顔をしていいのか、わからなくなる。
「ありがとう…」
触れるか触れないかの距離で魅惑的に微笑みながら、トオヤは頷いた。
「うん。これはもう、瑠衣のもの」
気づくと、完全に涙は止まっていた。
…少しだけ、意地悪をされていたような…?
「俺だけ見て…瑠衣」
トオヤは切なそうに、目を潤ませた。
「誰の所へも、いかないで」
答えを、求めてはいないような、囁き。
彼は瑠衣の髪に触れ、後れ毛を左耳にかけ、イヤリングにキスをした。
「側にいて」
これは、命令…?
また、その目に射すくめられる。
「ちゃんと瑠衣に、俺を見てもらうから…」
瑠衣は、頷いた。
トオヤは瑠衣の手を握り、
「戻ろ」
と言って、部屋へと歩き出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます