第20話

 トオヤは自宅に帰ると、自室ベッドの枕元に座っている白猫のぬいぐるみ『シルク』を両手で持ち上げ、その顔をじっと見つめた。




 『シルク』はいつも、にっこりと楽しそうにこちらを見て微笑んでいた。




「…」




 トオヤは、そっと『シルク』を抱きしめ、その体に自分の顔をうずめた。








 そして彼は携帯を取り出すと、ケースの白猫部分に軽く触れた。





『トオヤ〜〜!!アイタカッタ〜〜!!』




「…」




『トオヤ、ナニカヨウデスカ〜〜?!』



「…」




『ルイ、ヨビマスカ〜〜?!』


「呼ばない」





『…』





「シルリイ、…瑠衣と理衣の家の向かいに住んでた、幼馴染の男、知ってる?」



『シッテイマス』



「何て名前?そいつ」






『アガノ タクヤ』












「シルリイ、教えて。そいつの情報」













 トオヤは自室のベッドの上で、携帯電話からある人物に連絡をした。


 コール音が鳴り響く。

 5度繰り返し、相手が出る。


『…はい』




「理衣?」




『トオヤ。…何?』




「聞きたい事がある」




『シルリイの事?…お姉、呼んでみた?』



「まだ」



『早く試して、私に教えて』


「それどころじゃない」



『?』


「アガノタクヤに会ったら、瑠衣が取り乱した」








『…トオヤ、今、どこ?』


「自宅」


『…どこかに出て来られる?』








 お互いの家のちょうど中間地点にあるファミリーレストランで夜10時に、トオヤは理衣と会う事になった。


 テーブルに向かい合わせで座り、注文を済ませてから理衣は話し出した。




「タクヤは小学3年の時に、うちの向かいに引っ越して来た。学年は私達と一緒」


 理衣は、トオヤに話し出した。


「当時から有名な人気子役として芸能活動をしていたタクヤに、お姉は興味を持ち、惹かれていた」


 理衣は、運ばれて来たアイスココアを一口飲んだ。


「お姉はタクヤと良く遊んでいたみたいだけど、私はあの男が大嫌いで、絶対に近づかなかった」



 トオヤはコーヒーを飲みながら、黙って話を聞いていた。



「小5の時、いつもみたいに、タクヤの家にお姉は遊びに行く事になった。…その日だけ私もタクヤから誘われていて、最初は行くのが嫌だったから、私は断わった」



 理衣は、自分のココアを見つめた。




「タクヤは私に嫌われているのがわかってた。それなのに、よく考えてみると、その日だけは私も一緒にと誘ってきていた」


 理衣は、カラカラとストローで、ココアをかき混ぜた。



「何かがおかしいと思い、考え直して、お姉と一緒にタクヤの家に行ってみた」



「…」



「タクヤの部屋に入ると、タクヤの兄と、その友達もいた」



 もし、



「3人は私達を見て薄汚く笑っていた。タクヤがすぐに、部屋のドアの鍵を閉めた」




 理衣が拓也の家に、一緒に行かなかったら。




「お姉の両手をタクヤの兄と、その友達が乱暴に掴んで、完全に動けなくしようとした。そして、猥褻な言葉を、お姉に向かって色々浴びせかけた」





 一体、




「タクヤは、私に手を伸ばそうとした。私は急いでお姉に目を瞑るよう合図を送り、ポケットに入っていた自作の催涙スプレーを、3人に浴びせかけた」





 瑠衣は、





「私はお姉の手を取って、部屋の鍵を開けて、2人で走って自宅に逃げ帰った」






 瑠衣は、どうなっていたんだろう。










「お姉はあの時、体ではなく、心をひどく傷つけられた」







 理衣は、苦々しく言葉を吐き捨てた。




 ………。






「タクヤはその後すぐに、都内へ引っ越した」





 理衣とトオヤの目が合った。





「それっきり一度も会っていない」





「……」






「これ以上、誰かがお姉を傷つける事を、私は決して許さない」






 その目の奥には、消えない怒りを湛えている。





「…それで、瑠衣は、ややこしくなった?」




 理衣は、首を横に振った。




「それもあるけど、それだけじゃない。ややこしいのは、お姉の性格に問題がある」






「…?」






「お姉は自分と戦う勇者であり、生まれつきの、変態だから」





 …変態?




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