10 単車
それはリシアが予想もしてなかった話であった。
日本、もとい紅武凰国がクリスタ以上に発展しているのは知っている。
しかしそれがどういう理屈によってそうなっているのまでかは考えたことがなかった。
E3ハザードによって消失した電気エネルギーに替わる新エネルギー。
それさえあればクリスタ人は地上に出られるし、ユーラシアの国々も無為に争う必要もなくなる。
誰もが夢見た理想の世界が戻ってくるはずだ。
「本当ならバジラに頼るつもりだったが、きっともう戻っては来れないだろう。だからあんたが代わりにこの『CDリング』を紅武凰国に持って行き、信頼できるSHIP能力者に渡すのだ!」
だからこのリングは結局なんなんだ?
SHIP能力者とは一体?
せっかく作ったものを自分が使うんじゃなく見知らぬ人に渡すのか?
疑問は尽きないが、それよりも根本的な問題がある。
「無理だよ。海を渡るための車は治安維持軍のやつらに壊されちまったもん」
バジラが苦労して作り上げたバギーは木っ端微塵に爆破されてしまった。
無残に破壊された車の残骸をリシアはこの目で見ている。
船の作れない地下都市で海を渡る唯一の希望だったマシンはもうこの世に存在しない。
しかし博士は首を横に振る。
整備所の奥の方へと足を踏み入れた。
そこには腕輪を隠してあったのと同じようなスライド壁があった。
スイッチを押す。
小うるさい音を立てて開かずのシャッターがせり上がっていく。
ところが途中で横に積まれていた段ボールが崩れてきて止まってしまった。
「悪いがそいつをどかしてくれんか」
「えー」
結構な重労働であるが拒否するわけにもいかないだろう。
リシアはガラクタのつまった段ボールの山を一つ一つ崩していった。
つっかえていた箱を除けると、シャッターが再度動き始める。
障害物がなくなったことで向こう側に置いてあるものが見えてきた。
「……バイク?」
それはやたらと古い型のバイクだった。
丸目ライトに剥き出しのエンジン。
左右にすらりと伸びた四本のマフラー。
ブラウンのタンクはオレンジの火の玉模様。
車体にKAWASAKIのエンブレムとサイドカバーに750という数字。
「こいつはワシが若い頃に乗ってた
「えっ!?」
リシアは驚いて博士の方を振り返る。
「外見は古く見えるがエンジンを始めフレームや足回りに至るまで現代技術で強化改良してあるぞ。数万キロの走行にも余裕で耐えられるじゃろう」
カーフロートシステムが搭載されていた車両はあのバギーだけじゃなかったのか。
リシアは胸が熱くなるのを感じた。
ふつふつと燃え上がるそれは高揚感と言っても良いかもしれない。
「アタシが乗っていいのか?」
治安維持軍の兵士は言った。
海を越えるなんてできるわけがないと。
しかしリシアは知っている。
あのバギーは確かに海の上を走った。
ならば同じシステムを搭載したこのバイクで海を渡ることもできるはず。
それを成すことはバジラの被った汚名を返上することにもなる。
車は運転できないが、バイクなら散々シミュレーターで運転した。
もちろん本物に乗った経験はないが、あのシミュレーターは細部まで感覚を再現してあると博士は言っていた。
ならばきっと本物だってぶっつけ本番で運転できるはずだ。
というか、こいつに乗ってみたい。
リシアは本物のバイクを前にして興奮していた。
こいつさえあれば何でもできるような、そんな錯覚すら沸いてくる。
「治安維持軍はきっとまたここにやって来る。コイツやCDリングが見つかれば今度こそすべての希望は断たれてしまう。そうなる前にトメさん、あんたにすべてを託すよ」
「……いいぜ、やってやるさ」
世界を救うために海を渡る。
大げさすぎて現実感がわかないが、メチャクチャカッコイイじゃないか。
※
博士が肌身離さず持っていたキーを借り、バイクに跨がってエンジンに火を入れる。
ドルルルル……と、低い唸り声にも似た振動が全身に染み渡る。
「うぉおっ」
すげえ、これが本物のエンジン音か。
「クラッチの繋ぎ方はわかるな? ゆっくりと少しだけ前進してみろ」
「お、おう」
左手でクラッチを弾き、ギアをニュートラルから一速に入れる。
ゆっくりとレバーを離しながらアクセルを軽く捻る。
急発進にならないように、慎重に。
車体が軽く前進する。
すぐに右手と右足でブレーキを掛けた。
「大丈夫だ……いけるぜ」
思ったよりもパワーがあってビックリしたが、なんとか操縦できそうだ。
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