第41章 神々の戦いと湾での決戦にウンザリ
波が高まるリュツォ・ホルム湾。その上、暗雲が立ち込め強風が吹く空で聖真と果心は相対していた。
「さっきの聞こえたな果心?」男子高校生の方が持ち掛ける。「大禁呪って、アガリアレプトが使ったヤバいやつだろ。止めないと!」
対する幻術師は落ち着いて言及する。
「ルキフェルじゃな。〝失墜する明けの明星〟は、文字通り金星を墜落させる魔術だ」
耳にして、聖真ははっと見上げる。
西空の彼方。そこだけ暗雲が切り裂かれ、まだ昼なのに夜の闇を湛えている。
星が一つだけ輝いていた。
おそらく金星であろうものが、もう月ほどの大きさとなって迫っている。
アガリアレプトが用いた太陽で世界を滅ぼすほどではないが、金星は地球とほぼ同じ大きさの惑星だ。落ちるなんてことになれば、地上が滅びるのに変わりはない。
「冗談じゃない!」
さっそくエリザベス・コーツのある西に飛ぼうとした聖真の前に、海底から雲に届くほどの水柱がそそりたつ。
慌てて止まると、海に戻った水の向こうで果心が行く手を阻んでいた。
「なんで邪魔するんだよ!」
問う男子高校生へ、幻術師は冷酷に答える。
「悪魔は人類を堕落させるのが目的、女帝国に手を貸したのも彼女らの支配が助けになると踏んだからだ。死滅は望んでおらん。単に神等階梯が必要なほどの相手と戦こうているだけだろう。心当たりもある。そんな戦をしていれば、エリザベス・コーツくらいは滅びるがな」
彼の推測を証明するように、別な獣の咆哮も世に轟いた。
『神等階梯大禁呪法、〝我が子を喰らうサトゥルヌス〟』
黒い狼フェンリルが、西の大地から宇宙に届くほどの巨体となって出現。どこまでも上昇し、墜落する金星に喰らいつく。
二つの力は拮抗し、静止した。
風も強まり、雨が降りだし、雷も鳴りだす。海はますます荒れ狂う。
「当初の計画と同じ事」天変地異など意に介さず、果心は続ける。「目覚めてより三百年の間に、〝ヨハネの黙示録〟の準備は完了しておる。連中による闘争の死者も自動的に術のための生け贄とされ、必要数に達し次第発動し、ルキフェルもろとも魔界全土を封印するだろう」
「だから」聖真は大口を開けて叫ぶ。「ほっとけないんだよ、〝シッディ〟!」
彼は口内から火球を吹く。これもシッディの効果だ。
果心は刀印で払う。
逸れた火の玉は唱和城の方に飛翔。城壁に当たって爆発した。
「わからんかったのか、先ほど提示した実力差が」
見下すような果心に、聖真は静かに回答した。
「下三桁がゼロだった。あなたの最高魔力値は5兆5533億3322万2000だろうが、最低値は22億2333万3555でしょう。約1億2400万から100億のおれが超えうる場合があるってことだ」
聞いて、果心は内心驚く。
(こやつ、あの一瞬で暗記したのか)
次いで、嫌な予感を振り払うように言動に移る。
「〝のうまく――」
「〝シッディ〟」
再度不動金縛りの法を用いようとして、手の動きが封じられた。
「はっ!?」
己の手に意識を奪われたところで、目前に火球が迫った。
どうにかかわした果心だが、羽織りの端が焦げ脇腹に火傷を負った。残火は空に吸い込まれていく。
(刀印を読まれた?)
やや距離を取って浮遊しながら果心は考察する。
シッディでできることは多岐に及ぶ。
過去と未来を知る、心を読む、他者から見えなくなる、象の力を得る、身体を強固にする、神霊を見る、五感の強化、五大元素を操る、幽体離脱し憑依する、浮遊する、火を吐く、肉体を自在に操作し何ものにも侵されなくなる、世界の一切を理解し全能となる……などだ。
うち、肉体操作で金縛りを解き、浮遊し、火を吹いた。さっきのはおそらく幽体離脱と憑依。自分の霊体を他者に移せば、相手を操縦できる。刀印を結ぶ前に手だけ霊体として憑依させ自由を奪ったのだろう。
なによりシッディはほぼ全能だが、それは容易く使えないはずだ。全能ともなれば神等階梯を超える、少々精神を鍛えた程度の聖真はすぐに気絶してしまうのだから。
故に〝シッディ〟を呪文とすることで、個々の能力に絞って一つずつ発揮しているのだ。
問題は、対処が早すぎた点だ。
未来を見て心を読み五感も強化はできるが、おのおのを使うたびに〝シッディ〟と唱えねばならないはず。なのに、あのときはいきなり次の技を幽体離脱と憑依に絞った。
そうできた正体が判然としない。
「なれば」
果心は、腰にくくりつけていた瓢箪の栓を開け、中身を口内に含みつつ空中を歩く。
聖真は身構えたが、意図が見抜けず警戒しかできない。
読心する前に、相手が瓢箪を捨てて止まったところで気づく。
「
それは北斗七星の形に歩く魔除けの歩行術だが、より強力な魔術に繋げることもできる。
「させるか!」
高校生が飛び掛かったときには、果心は城の方へ口に貯めた水を吹いて呼んでいた。
「〝風神雷神〟!」
紙型を兵力として実体化させる、〝
唱和城の天守。聖真が目覚めた際にいた部屋で、果心の後ろにあった金屏風から鬼が抜け出る。袋を持った風神と、太鼓を背負った雷神だ。
襖と柱と高欄を破壊し表に出た二鬼は、屋根を崩す。大棟上に飾られていた仮死状態の
頃にはもう、鬼たちは聖真が幻術師に届くより速く移動。風の刃と雷の槍を投げていた。
「危なッ! 〝シッディ〟!!」
五感を強化。どうにか空中で身を捻って避ける聖真だが、肩を斬られた。
通りすぎた風と雷は湾を囲む山の頂きを破壊する。
「〝オーム〟」
幻術士が首に掛けていた髑髏の数珠を外して握りながら唱えだす。
男子高校生は対処しようとするも、風の刃で風神が斬りかかり、
湾を囲む山々が、建つ物と住む羽民ごといくつも破壊され、崩れていく。
「や、やめろ!」
聖真は叫ぶも構わず果心は詠唱する。
「〝菩提樹をして拙僧が敵を殺傷せよ 拙僧が憎悪し 拙僧を憎悪する 狂暴なる敵対者を 掃討者よ 打ち砕け 勝利を獲得したる牡牛のごとく勝ちながら 進むなれ〟」
風神は風袋から竜巻を出し、雷神は太鼓を叩いて稲妻を落とす。
「〝シッディ〟!」
五大元素を支配。竜巻と稲妻の軌道を逸らす聖真。
「〝オーム マニ パドメ フム
回避した稲妻と竜巻の狭間に果心の姿が覗く。彼は詠唱を終え、刀印で切りつけた。
「特別階梯
「〝シッディ!〟」
さらなる対処をしようとした途端、聖真の視界が霞んだ。
身体が空中でぐらつき、意識が遠退きそうになる。
半透明の巨大なインド菩提樹が虚空に顕現して樹洞に聖真を閉じ込め、落雷と旋風を誘き寄せて浴びせる。
救世主は吹っ飛ばされ、遥か唱和城本丸の真ん中を貫通して墜落した。
「精神力切れだ」
あえて畳み掛けてシッディを乱用させた果心。彼は城の奥から立ち上る膨大な土煙を眺め、勝利を確信して囁いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます