エリザベス・コーツ王女国

第36章 魔王と円卓の騎士団の対峙にウンザリ

 ルキフェルは退屈していた。


 結局トランスアンタークティック山脈の第五防衛ラインも彼の一撃で沈み、続く山から離れた最初の拠点である五万人からなる最終防衛ラインも一撃で終わった。

 自軍の被害は敵戦力確認のためゴーレムを任せたとき浄化された数万の悪魔だけで、以降は一体の死者もない。第一魔軍に加えて第二魔軍の残党半数を混ぜた百万を超える兵力を維持したままだ。


 目指すは国の中心、北東の王女都スヴェア。


 やろうとすれば一挙に進軍も殲滅もできるが、真の問題は救世主よりも超神人なのだ。マリーバードを滅ぼしたときに取得した預言板の断片解析などから、それをもたらしたのが日出十字路団だとは確認しているが、行方や人数などは把握しきれていない。

 往時、預言の実現前に攻め込もうとした際は、超神人の助力も得た人類防衛六カ国連合軍の抵抗に遭い、親衛隊次席上級六魔神を一柱失うという大打撃を受けている。

 以来、慎重には慎重を重ねてきた。預言が実現した今、救世主が確実に離れて円陀Bケンプにおそらく超神人といるであろうと判明しているからこその好機だ。連合軍も崩壊している。少なくとも前回のような不意打ちはないだろうと踏んでいた。


 かといって油断はできなくもある。日出十字団の実力は未知数なのだから。

 故のゆっくりとした進行であり、誰よりも信頼できる自身での行軍だった。


 今は侵攻後、最初の大きな街であるケアード地方の街ソブラルに魔物の群れが到達したところだ。森や川や池に囲まれた平原に息づく、城壁に囲まれた典型的な都市だ。

 自分は軍の最後尾上空に浮遊しながら全てを俯瞰している。

 すでに最前線は城壁の手前で、一万人ほどからなる飛竜士や天馬士含むソブラル駐屯騎士団と衝突しているが、人数からして段違いだ。

 あと僅かばかり様子を窺って、脅威がなさそうならまた自身が出て終わらせよう。

 そう楽観視したときだった。


 ドォォォオ!


 突如、最前線の魔物たちが噴水のように宙を舞いだした。

 ルキフェルにはわかった。

 強者に倒され、宙に跳ね上げられては自由落下しているのだ。

 新たな飛竜士や天馬士も飛び交い、大規模な爆発も起きる。強力な魔法の使い手も参戦したようだ。

「ほう」

 ルキフェルは少々感心して、瞬く間に最前線へ移動する。


「よい、下がれ」

 そこに到達して一言発すると、敵味方共に攻撃をやめて後退。距離を空ける。飛んでいた者も地に降りた。

 魔物は命令を聞いただけだが、人間たちは驚愕で身を引いたのだ。ルキフェルに着目し、ざわめいている。

 ゆったりと、ルキフェルも着陸。敵を確認した。

 駐屯騎士団とおぼしきほぼ同じ武装の魔術師と騎士たちの前に、明らかに一線を画する魔力と格好の十人がいる。

「〝円卓の騎士団〟か、こんな前線に半分も出てくるとは」


「……こちらがお返ししたい言葉だ」

 十人のうち一人、最も前にいた男が言う。

「帝王が出たと最終防衛線より報告を受け、被害を最小限に抑えるべく集ったが。まさか、黎明魔王自らがお出でになるとは。知っていて頂けたのも光栄だ」


「百年前の円卓の騎士団に借りがあるのみだ」ルキフェルは冷たく返す。「貴様らなぞ知らん。されど、余を脅かしうるものの参考にはなるやもしれん。名前だけでよい、名乗れ」


 十人は顔を見合わせる。

 ややあって目顔で対応を決めたのか、一番前にいた先程の男が名乗った。

「ソブラル駐屯騎士団長のアルベルトだ」

 彼は竜騎士だった。他のソブラル竜騎士たちと基本は似た装備だが、竜も含めて部下たちより軽装な青年である。

 続いて、隣にいたドワーフらしき小柄なひげもじゃの老人が名乗った。

「ケアード公ウィリアム」

 彼は顔を除いて重武装で、自分の背丈の倍はある金槌を担いでいた。

 次いで、アルベルトを挟んで反対側の隣にいた、十歳にも満たなそうな愛らしい幼女が一歩前に出て言った。

「こ、近衛北欧このえほくおう戦巫女隊ヴァルキリーたい副隊長の、エステルです」

 豪華なヴォルヴァの装束だった。傍らには子供の天馬もいる、天馬術師である。


 どうやら、ルキフェルに近い順に名乗っていくようだ。


「文部魔法大臣ヴィクトルと申します」

 上等なウプランドを纏った人物。頭髪と同じ色の白ひげがやたらと長い、老人ヴィクトルが頭を下げる。

「上忍、虎丸八津彦とらまるやつひこ

 目元以外は顔も窺えない人物が称する。さっきまで通常の視覚ではなにもいなかったところに、影のように出現した忍び装束だった。

「マリーバード女教皇市国女教皇庁司祭枢機卿カレンにございます。以後、お見知り置きを」

 アブラム正教で司教枢機卿に次ぐ最高峰の礼服に身を包んだ、上品な若い美女が丁寧なカーテシーをする。豊満な容貌だった。

「同じく、女教皇庁司祭枢機卿のエッカートです」

 こちらも、先程の人員と同じ緋色の礼服だがいくらか飾りの異なるものを纏っていた。眼鏡を掛けた気難しそうな中年男だ。

「ネミディア教女樫神官ドルイダス、スラトーだわさ」

 そう称した彼女は外見上せいぜい十代前半の美少女だった。豪奢なローブを纏い、樫の杖を持っている。

「女教皇市国ノイシュバーベン・モード衛兵団団長テオドシアだ」

 厳重な甲冑を纏った、筋骨隆々とした老女が腕組みして名乗った。両手にククリ刀を握っている。

「……ワレンチン」

 とだけ言ったのは、目深に帽子を被りマントで身を包んだ葉巻をくわえる壮年男である。閉じられままの片目には傷があり、隻眼だった。


「名前だけでよいと申したはずが、くだらん役職まで付けおって」

 呆れつつも、ルキフェルは評価する。

「全員、六四卦を用いた魔力量の下限でも千は超えているな。救世主を除いても合わせれば勇者に届きうるとは、はったりでなさそうだ」

 さらには、十二枚の翼と両腕を大きく広げて歓迎した。

「楽しめるやもしれん。打って出るがよい」

 人間たちも魔物たちもどよめく。誰もが戸惑い、どうすべきか迷っていようだった。

「余が許諾しておるのだぞ」

 述べたルキフェルが首を傾げたのが合図だった。


「……では失礼、〝しん一方いっぽう〟!」

 竜騎士アルベルトが眼光を放ちつつ飛竜を駆り刀で斬りかかる。

「〝イン ゲ トゥ イ ゲ シ サン ミム タシュ〟」

 ドワーフのウィリアムが唱えながら巨大金槌で殴りかかる。

「第三階梯入魂魔術、〝ヴァルキュリア〟!」

 北欧巫女で天馬術師のエステルが半神の天馬騎士を呼び出す。

「第二階梯奇跡術、〝シェム・ハ・メフォラシュ〟!」

 文部魔法大臣ヴィクトルは手のひらを翳す。

「〝嚢謨三曼茶バ曰羅赦なうまくさんまんだばざらだ〟!」

 上忍の虎丸八津彦が印を結ぶ。

「〝父なる神と 子なる神と 聖霊の御名において〟――」

 司祭枢機卿カレンが一文字を切って祈り、

「〝アアアアアアア・ドオオオオオオ・ナアアアアアア・イイイイイイイ〟……」

 司祭枢機卿エッカートも眼鏡をくいと上げて詠唱する。

「〝大気を満たしたもうた精霊たちよ 疾風の刀剣によりて〟――」

 女樫神官スラトーは樫の杖を掲げる。

「〝乾坤元享利貞けんこんげんこうりてい〟!」

 テオドシアが特徴的な歩行をしながら二振りのククリ刀で斬り掛かる。

「〝ザーザースザーザース・ナーサタナーダー・ザーザース〟!」

 葉巻を捨てて、ワレンチンは跳躍した。


 凄まじエネルギーが衝突。ルキフェルとの接触面に、不可視の壁を築いたようだった。

 魔王と円卓の騎士団がぶつかった境で閃光が明滅。地割れは見渡せる限り景色の端から端にまで至り、天も境界にあった雲がことごとく割れた。

 地震が襲い、他の人や魔物は立っているのがやっとだ。


 ものの、


 ルキフェルは傷一つ負わず、微動だにしない。やすやすと片手を前に出し、円卓の騎士団の一人を指差した。

「第五階梯、〝瘴気〟」


「危ない!」

 示されたエステルを、叫んだアルベルトが操った竜の尾で突き飛ばし、魔王へと盾を構える。さらに、後方の兵や市民たちに頼んだ。

「みな、避けてくれ!!」

 駐屯騎士団団長はたちまち、ルキフェルの指先から放たれた竜巻のごとき漆黒に呑まれる。背後にいた兵士たちも巻き添えに、闇の渦は城壁に風穴を空けた。

 なお、勢いは衰えない。

 街中に入って進路上の市民や建物を破壊しながら、反対側の城壁も貫通。森や山麓を削って空の彼方まで、暗黒の軌跡が刻まれた。


「ア、アルベルト様が……」

 エステルが脱力してへたり込む。

「なっ、ただの瘴気でこんな威力だと!?」

 テオドシアも立ち尽くす。

 他の誰もが惨状に愕然とするばかりだった。

 アルベルトは飛竜ごと消えた。後ろにいた兵士たちも、街も、木々や山さえも。ルキフェルの放った瘴気の通り道には、なにも残されてはいなかった。


「加減が足りなかったか」

 ただ黎明魔王だけが悠然と感想を洩らし、羽ばたきもせずに飛び立つ。

「差は理解した。ここからは慎重に相手をしよう」

 そして彼は森羅万象を俯瞰して、絶望を宣言したのだった。

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