第7章 預言の救世主と認められてウンザリ

 ――スコティア城館の円卓の間はしんと静まり返っていた。

 25の座席が埋まったのだ。

 無論、資格のない者が座れば死ぬといわれていた席にいるのは聖真である。


「えーと」

 しかも、彼は生きてしゃべっていた。

 おまけに、目前の卓上にはホログラム染みた立体の光が〝Seima Kasumigashima〟と着席者の名を刻む。

「す、座れちゃったな。それともあとで死ぬのか?」


「いいえ!」

 エリザベスは、腕で仰ぐように男子高校生を示した。

「これまで、相応しくない者は着席した瞬間に即死でした! つまり、あなたはオラクル・メシアに相違ありません!! みなさんも不満はありませんね!?」


 文句のつけようがないことは、この場にいる全員が熟知していた。最後まで不満げだったランドルフとメディシスさえも、威圧されたようにこくこくと頷く。


「……ちょっと待て」

 聖真がツッコむ。

「おれが納得してないわ。おまえらは即死するかもしれない椅子に無理やり座らせたんだからな!」


「か、過去の事例では蘇生魔法で蘇れる程度の綺麗な死体でしたから大丈夫だったんですよ! ……この国でもわたくしと教皇猊下くらいにしかできませんが」


「どうにせよ一回死ぬんじゃねーか、あんた生き返らせる気あるのか不明だし!」

 やっぱ異世界だろうがろくでもねー。そう思った矢先。


「まあまあ、お怒りをお鎮めくださいませ。救世主様♥」

 美少女でもある王女が直々に聖真の肩を揉み始めた。


 他の女性たちも次々と擦り寄ってくる。男たちは豪華な菓子らしきものを急いで運んできてもてなす。さらには追い打ちとばかりに、みんな口々に称えだした。

「このわたし、フレデリカはずっと信じてやがりました。ご無事で嬉しいです!」

「素敵なイケメンだわさ、救世主様になら抱かれてもいいだわさ!」

「尊敬します、救世主様があなたのような最高のお人でよかった!!」


 男子高校生の怒りはたいしてもたず、まんまと乗せられていった。

「そ、そうかなあ」

 エリザベス・コーツ王女国の思う壺であった。



 こうして、昼食は救世主降臨を祝すお祭騒ぎの宴会状態となった。


 城の大食堂、いくつものシャンデリアの下。数個平行して並べられた綺麗なクロスを掛けられた長テーブルで軽装に着替えた客たちは着席し、それを見渡せる壁際に、着飾った主催者たちのいる長方形の食卓は横向きに配置されていた。霞ヶ島聖真は後者に座らせられる形になっている。


 来賓はこの大陸で最も数が多いといういわゆる普通の人間、〝人族ひとぞく〟がメインだったが、人外の種族もいた。

 低身長でガタイがいいのはやはりファンタジーでお馴染みドワーフだろう。とがった長耳を持つ美形はこちらもお馴染みエルフだろう。


 すっかり聖真に対して態度を軟化させたメディシス枢機卿は聞いたところ予想通りゲキボク人だそうで、同族も来ていた。

 困ったのは、彼女たちは衣服を作るのが面倒だから穴を空けて尾を出すのが常で、尻が覗いても羞恥心がない点だった。枢機卿含む美人のゲキボクには目のやり場に困る。

 ともあれどうやら王女都の亜人には、この三種族が多いらしい。夜まで宴会は続き次第に酒も出されるそうで、後からもっと客人は来るようだ。


「では、エリザベス・コーツの四種族人類代表も揃ったところで。王女陛下からのご挨拶です」


 この世界で〝人類〟とは、亜人を含むのだろう。

 食事を始める前に、こちらももはや聖真を認めたランドルフに促され、主催者席の中央でエリザベスが立つと杯を掲げてしゃべりだした。


「この栄誉ある任務で落命された勇猛なる我が国の兵士たちに、深い哀悼の意を捧げます。尊い犠牲を無にすることなく、預言救世主様を導いた偉大な戦士たちにも最大限の感謝を。彼らの行いは、太陽神アポロンの馬車で月の女神セレーネに会い帰還したという神国アメリカの神人をも想起させる成果でした」


 ……アポロ計画のロケットで月に行ったアメリカの宇宙飛行士たちをそう表現するわけか。

 などと、聞きながら考えているうちに男子高校生は冷静さを取り戻してきた。共に、焦ってくる。


 円卓の試練とやらでどうやら自分は正式に救世主ということになったらしい。これまで勉強してきた魔術知識を披露して得た称号としては立派だ。

 けれども、結局ここは馴染みがなく人を襲う巨人のような危険もあるのだ。そんなところで救世主と祭り上げられるからには、本格的にもっとヤバい目に遭わされうる。


 どうする、みんなに訊けばどうなるか教えてくれるのか。いや知ってどうなる。あの巨人たちみたいな連中と戦えとか言われて「嫌です」で済むか。

 そもそもだ、おれやっぱり救世主なんて自覚はないし本当は何らかの手違いによる勘違いだとしたらヤバいぞ。国のお偉方を騙したことにされうる。

 「んなつもりなかった」で済むとは思えん。こいつらこっちの話てんで聞きやしないし。


 聖真は、いざという時どうにか逃げる手段も模索することに決めた。


 王女による乾杯の音頭が済むと、空腹ではあったので、腹が減っては何とやらとばかりにひとまずは食べながら考える。


 一見したところ、フランス料理辺りを想起させる食卓とマナーだった。

 ナイフやフォークやスプーンもあり、並べられたそれらを外側から使う。リアルな中世ヨーロッパでは食器がなかったり手づかみだったりしたはずが、さすが上品なファンタジーという感じだ。

 皿やティーカップといった器も元世界と大差ない。オードブルやメインディッシュ、デザートみたいな順番で給仕が運んでもきた。


 調理されたスープやサラダや肉料理やらも元の形がわからないので気にならず、味わった限り元世界の食物も使われているようだ。とはいえ、明らかにマンドラゴラとわかる四肢の根を持つ生野菜や、仔ドラゴンとわかる丸焼きみたいなのはあったが、これ以上いろんなことを悩まないようにそういうのには手も出さないでおいた。


「あのー」

 悩んだ末、食事の合間にさり気なく隣人に声を掛けてみる。


 いたのは、上等な毛皮のウプランドを纏った人物。だいぶ後退した頭髪と同じ色の白ひげがやたらと長い、文化と魔法の政策を担当する文部魔法大臣の老人ヴィクトルだった。円卓にも座していた人物だ。

 彼は救世主に声を掛けられて、フィンガーボウルで洗っていた手を止め驚いた調子で応じた。

「ど、どうかなさいましたかな。預言救世主殿」


「ちょっと聞きたいんですけど」気後れしつつも、どうにか聖真は尋ねる。「地図とかないですかね、この世界の」


 文部魔法大臣はきょとんとする。

 まずい、救世主なら熟知してて当然のことを尋ねて不審がられたとかか。でもとりあえず近辺の地理情報が欲しい、でなきゃどこに逃げていいかもわからない。


 もっとも、杞憂だったらしくヴィクトルは教えてくれた。

「申し訳ありません。神界とは常識が異なるらしいというお話はすでに窺っております。にもかかわらずご案内が不足していたのは、文部魔法大臣たる当職の不徳の致すところ」

 言って、彼は頭を下げた。


 恥ずかしいことに、どうやら聖真の非常識さは充分城内に広まったらしい。そこに親切に対応してくれる大臣は人がよさそうだ、対話を持ちかける人間を間違えなくてよかったと安堵する。


「よろしければ昼食の後にでも、王女立大図書館をご案内致しましょう。そこでなら、救世主様が仰ったことに加え、様々な疑問にお答えできるかと」


「そ、そうですか。ありがとうございます」

 あまりの丁寧さに聖真も素直に感謝すると、ヴィクトルは再度会釈をしてから食事に戻った。


 食堂中心では、弾唱詩人ボルジエが竪琴を奏でながら英雄の物語を歌いだしていた。

 歌唱と共に希望が見えてきた気がした。当面の目標ができて、救世主のレッテルを貼られた高校生もとりあえず食事を楽しむことができた。

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