第2話 悪魔は動く
断末魔が響く。
断末魔が響く。
断末魔が響く。
命乞いをする。
命乞いをする。
命乞いをする。
壁に掛けられた松明だけという頼りない明かりだけが灯された空間の中、一人の悪魔が表すのも恐ろしいほどの凶行に及んでいた。
その悪魔は、街から無差別に拐ってきた人間をとある城の地下に勝手に作った拷問部屋に連れてくると、切れ味の良いナイフと悪い鉈を使い分けて殺していた。
切れ味の悪い鉈を使ってとどめを刺さないように振り下ろせば、相手は痛みのあまり叫ぶ。
だがこの悪魔にとっては、その断末魔などただの交響曲くらいにしか思えなかった。
むしろ、もっとだせ、そう思うくらいだった。
ある程度拷問し、声も出せなくなるくらいに対象が果てれば、次に使うのは切れ味の良いナイフだ。
別にこれも、新造に突き刺して一思いにとどめを刺す、というものではない。
これは分解するためのものだ。
悪魔が身に付けているのは拷問した者から分解した身体の一部。
イヤリングには舌を、チョーカーには指を、リボンは心臓を改造し、ベルトには唇を使っている。
悪魔のこだわりは、全て本物であること。分解するときはよく研いだナイフを使うこと。
本物だから腐る。腐るから替えが要る。
自分が身に付けるものだ。切れ味の悪い鉈なんかでやったら、見映えが悪くなる。
だから定期的にヒトを拐っては、自分のアクセサリーを作っているのだ。
――コトン。
拷問室の外に設置していたポストに手紙が届いた。自分に手紙を書く人物に、悪魔は心当たりがなかった。
いや、正しくは「一人しか」心当たりがなかった。
その一人こそ他でもない、この悪魔が所属する世界的犯罪組織『POW』のボス、ジェームズ・モリアーティである。
新しい任務だろうか。うきうきでその手紙を手に取って中を読む。
ため息を一つ。どうやらジェームズからではなかったようだ。
しかしその内容は無視できない。
『戦争が始まる。そろそろ自分勝手な行動を控えろとボスからの命令だ。お前もPOWの幹部であるならば、相応の働きをしてみせよ。失敗は、裏切りと見なす』
あぁ、これだから幹部になんかなりたくなかったんだ。
誰に聞こえるというわけもなく、小さくボソリと呟いた。
悪魔は今拷問をしていた人物の舌を切り取って、古い方のイヤリングに付いている舌と入れ替える。
――さてと、行こうか。
数年ぶりの、戦争だ。
***
喫茶店の窓を曇天が埋める。
強い雨が降るだろう。アイシェンとジークフリートは歴史の勉強会をキリの良いところでお開きにして、屋敷に戻ることにした。
「良い気分転換にはなったわ、ありがとう」
「別に良いよ。俺もここのパフェが食べてみたかったんだし。美味しかった?」
「えぇ、とっても」
アイシェンは嬉しそうに「それは良かった」と言った。
二人は並んで歩き丁字路に差し掛かる。
「ジーク、危ない」
「うわっと」
死角から大量の荷物を抱えた男が、ジークフリートにぶつかりそうになる。
それに気付いたアイシェンは、さっとジークフリートの手を取り自分の方へ引き寄せる。
彼女は少しバランスを崩しそうになるが、大荷物に潰されそうになるということもなく無事だった。
「す、すまねぇ大丈夫か?」
「俺は大丈夫だ。ジークは?」
「うん、大丈夫……」
「ほっ、良かった。忙しいのはわかるけど、前はちゃんと見ような」
男は謝りながら、今度は前が見えるよう持ち方を変え、その場を去っていく。
「良く見えたね、今の」
「ん?あぁ、マーリン先生からの宿題でさ。いついかなる時でも、千里眼を使用してみろってさ」
千里眼とは、アイシェンが持つ、はるか遠くまで見渡すことのできる特別な眼のことである。
1里は約4キロ、つまり千里眼は約4000キロ先まで見通すことが可能な目なのだ。
しかし千里眼は膨大な魔力を必要とする。それでも体内にかなりの量の魔力を持っていると言われるアイシェンならば、魔力の使い過ぎで倒れるということはめったにないだろう。
だが、シントウの民は本来、魔力なんてほとんど持たない民族。それ故に魔力の使い方なんてわかるはずがない。
そのためアイシェンがこの眼を使うと、魔力とともに流れる血液が眼球に集中し、あまり遠くを見過ぎると最悪失明する。
そのため見える範囲は約3キロ先まで……それでもギリギリだが。
「魔力の使い方に慣れるには、普段から千里眼を使用するのが丁度良いらしいんだ。て言っても、あまり遠く見ると目に血がいって真っ赤になるから痛くない距離……大体100メートルくらいかな」
「それでもけっこう遠くまで見るのね」
「頑張れば1キロ先まで見えそう」
「それ日常生活に支障きたさない?」
すると何か思いついたかのように、ジークフリートが「あっ」と言った。
「じゃあ、私の何かを見通してみてよ」
「なんで!?」
「別に良いじゃない。千里眼って言っても、具体的にどこまで見えるかなんて私にはわからないのよ。普段見えないところまで見えたら、千里眼をコントロールしてるって言わない?」
ジークフリートの言葉にアイシェンは、確かに、と呟いた。
ちなみに彼女はこの時、ポケットの中のハンカチの柄でも当てられるのだろう、と思っていた。
「黒」
「はい?」
「ジークの今日の下着の色、黒」
「死ね!!」
美しい軌道を描きながらジークフリートの蹴りがアイシェンの脛へと向かう。
アイシェンは予知していたかのようにかわした。
ちなみにジークフリートの服装はスカートではなく、スーツのようなものであったため、下着は本来見えない。
「アイシェンくん……まさかと思うけど普段から千里眼を悪用して女性の裸とか見てんじゃないでしょうね?」
「はっ!その手があったか!!」
「今度は本気で当てるわよ?」
「冗談だよ。何ていうか、小さい頃からサン先生に修行って称されてボコボコにされたからさぁ……頭の中で女性は恐いって刷り込まれてるんだよ」
「あぁ、それで女性に興味が持てなくなっちゃったとか?男に興味が有るとか?」
先程の怒りからか、ジークフリートの言葉の中には棘があった。
「いや、どっちかって言うと女性の方が好きかな。単純に女性は恐いってことを散々教え込まれただけ」
「ふーん、恐いって言うと例えば、千里眼の修行で失明をさせられた、とか?」
楽しげに会話をしていたアイシェンの雰囲気が一変する。
「……千里眼の使いすぎで失明したってこと、言ったっけ?」
「いいえ、でも簡単に推理できたわ。アイシェンくんは魔術についての知識が浅い。それはシントウの民も同じはず。にも関わらず、アイシェンくんは自分の千里眼が使える範囲も、使い過ぎたときのデメリットも理解していた。千里眼を所持しているヒトは、確認されてるだけでもたったの3人。それくらいレアな能力なのよ」
「うん」
「じゃあなぜアイシェンくんは知っているのか。その答えは単純明快、自分で試したから。でもアイシェンくんは戦闘好きで自分の身も滅ぼすような戦いをするけど、それはあくまで後ろにいる私たちを守るためであって普段は慎重、つまりアイシェンくんは自分からリスキーな試みは決してしないと私は考えてるわ」
「ありがたい評価だな」
「じゃあ誰が試すよう促したのか。それも簡単、サンちゃんね。サンちゃんはアイシェンくんの持つ千里眼がどこまで通用するのか見てみるという目的もあって、アイシェンくんに試させた。その結果、さっき言ったデメリット、失明の危険性に気付いた。違う?」
アイシェンは頬をポリポリとかいた。
その反応に、ジークフリートは満足する。
「アイシェンくんは千里眼について詳しすぎたのよ。そういう細かいところから過去を詮索されることも有るんだから、気をつけなさい」
「その推理……半分正解かな」
「あらそう?結構自信あったのだけれど……どこが違った?」
「と言うより付け足す感じだ。確かにサン先生に言われて千里眼を試してみたんだけど、実際に遠くを見るっていう試し方じゃないんだ」
その発言に、ジークフリートは疑問符を浮かべる。
「それ以外に千里眼の試し方があるの?」
「あぁ、それは――」
「――アイシェンさーん!」
すると、遠くから愛シェンを呼ぶ声が聞こえた。
その言葉の主は、二人の側へと近づいてくる。
「サン先生!あれ、ドーヴァーの訓練はどうなったんです?」
「今は休憩中です。折角なのでロンドンで買い物でもと思いまして」
「ドーヴァー城からロンドンまでけっこう離れてると思うけど……」
サンとアイシェンはそんな他愛もない会話を繰り広げる。
しかし、ジークフリートには理解できた。
何故こんなに都合よく出くわしたかまでは分からないが、サンは今の会話を、意図的に中断させた。
その証拠に、出会ってからサンは一瞬だけ、ジークフリートの方を睨みつけた。
先程の会話の中に、何か、サンにとって不都合な何かがあるのは明確だった。
「あっ、そうそうアイシェンさん、先程お手紙が届いてましたよ」
「手紙?どんな内容?」
「アイシェンさんには明日、円卓騎士団の招集がかかっています」
手紙を受け取ったアイシェンは、サンの発言に目を大きく開く。
「おめでとうございますアイシェンさん……いや、虹の騎士。初めての円卓会議、国のお仕事ですよ」
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