第57話お手紙書いて
さて、約束の三日後。名残惜しそうに返信の手紙を手渡しながら王妃は目を細めた。
「もう少しいればいいのに。せっかく仲良くなれたのに残念だわ」
「今後もきっと訪れることがあるでしょうから……」
というか、なくたってまた来るだろう、とゼルディランは思った。この国が気に入ったのだ。そして、ちらりとニーナの方を見る。せっかく仲良くなったのに、さっきから彼女は姉のミーナの後ろに隠れて泣きそうな顔をしているのだ。
「あの、ニーナ……?」
おずおずと声をかけてみると、その大きな眼から大粒の涙が零れ落ちた。
「なんっ、でえ、かえっぢゃうのっ、んく」
幼くてあまりにも可愛い泣き方。拗ねているというか怒っているというかなのに、一緒に泣けるなんて気ようなものだと彼は思ってしまった。だって妹はああいう泣き方しないし。そもそも泣かないし。それはそれですごく可愛いんだけど。
「ひぐ、ふえ」
小さな手でごしごしと目をこする彼女を見て、咄嗟にゼルディランはその手を目から剥がす。
「そんなにこすったら可愛い目が傷ついちゃうよ」
「でもお、ぐす」
たった三日、されど三日。二人は直ぐに仲良くなって、恋人でもないのに初めての恋に好きがだだもれだった。告白なんかしなくってもお互いに思いは十分というほどに伝わっていて、ゼルディランだってできればニーナから離れたくないのだ。ましてや最近不穏なことばかりおきるあの国になんて。
「ね、ニーナ。僕は騎士団の団員で、しかも団長の座までもらってる。だからちゃんと帰って陛下に報告して、騎士団で仕事をしなくっちゃ。もちろん僕だって君と一緒にいたいよ」
自分から志願して文官ではなく武官になったのだ。自分の生まれ育ったところで、この国と同じぐらい好きなのだ。だから、帰らないわけにはいかない。
「でもこれからニーナとずっと会えないし離せないのは悲しい。だから、僕と文通しない? 手紙を送ってよ。ディアネス王宮の特務師団あてに送ってくれたらいいから」
驚いて涙が引っ込んだのか、ぽかんとした顔でニーナはゼルディランを見上げた。文通。ぶんつう。それぐらいは知っている。お手紙を送りあうことだ。ゼルディランと手紙で話ができる。そう思うとすごく嬉しくなって、ニーナは花の綻ぶような笑顔を浮かべた。
「ほんとにいいの!?」
「もちろん」
ほわほわ。二人の周りに花が咲いたみたいだ。可愛らしい会話にその場にいた全員が微笑ましく見守っている。おそらくゼルディランだからなっているわけで、他の兄ならこうはならなかったはずだ。みんなさっさと結婚するから。
「楽しみにしてる。来たら必ず早目に返事を出すよ」
「うん」
ぎゅっと二人はお互いの手を握った。
「またね。約束した通り、きっといつか君を僕の国に招待してあげるから」
「じゃあ私はそれまでにおしとやかになっとくね」
ふふ、とニーナが笑う。どうせ自分は王妃の妹なだけで一生庶民だから、と思いあまりマナーをしっかり学んだことはなかったが、ゼルディランの家族にそんな姿を見せるのは恥ずかしいと彼女なりに思ったのだ。手始めにちょんとスカートをつまんで膝を折る。
「お仕事頑張ってね、ゼルディラン様」
「うん。ありがとうニーナ。国王陛下、王妃様、殿下、王子妃様、一介の使者にお気遣いくださりありがとうございました。失礼いたします」
流れるように頭を下げ、そしてゼルディランは城を後にした。帰ったらお土産を渡さないと、ニーナからの手紙はいつ届くかな、何日も留守にしたから仕事が溜まってるかもしれないな、いやこれが仕事か、などと考えながら厩で自分の馬を見つけて跨る。これ以上ここにいたらずるずるとそのまま滞在してしまいそうな勢いだったから、帰り難かったがゆっくりとディアネス神国に向けて出発した。
「あ、ニーナ。最近いなかったけど王宮にいたの?」
友人の少女に聞かれ、ニーナはこくんと頷く。
「使者の人が来てたの。年も近いから一緒にお話ししたら楽しいんじゃないって王妃様に言われて、沢山お話してたんだあ」
「へえ~。良かったじゃない。それにその反応、その人きっとかっこよかったのね?」
にやにやと笑ってくる少女に彼女はかあ、と頬を赤く染めた。図星じゃん~と茶化してくる少女を恥ずかしくてぱふぱふ叩く。
「いいもん、文通の約束をしたんだから」
「意外と進んでるじゃん」
まさかそんな約束までいていると思っていなかった少女は思わず素で返してしまった。
「ねえ、名前は? 名前ぐらい教えてよ」
もっと知りたくなってひそひそと耳打ちする。だが少女は、その名前を聞いて目を見開いた。それはもう、零れんばかりに。
「ゼルディラン様よ」
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やはりしょたとろりのふわふわ恋愛は書くのが難しい。
次回の更新予定日は十月二十四日です!
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