第16話
即日発行の保険証を無限袋に入れて組合を出る。
「新入り、また来いよな」
ザガンがニッと笑っている。
「はい」
登は軽く手を上げた。
ヘルヴィウムがゲートを開く。
一瞬にして視界が変わるのにはもう慣れた。登は、うーんと背伸びした。
ここは、登の創造世界である。
右手首がウズウズとうずく。ウィラスが出たがっているのだろう。
「出でよ、ウィラス」
右手首を擦って登は唱えた。
白銀の龍が右手首に現れ、次第に存在を大きくしながら登の周囲を旋回し、光が弾けたと同時にウィラスが姿を現した。
「楽しい冒険でした!」
「そっか」
登はウィラスの頭を撫でる。
「『願いの泉』に報告してきます!」
ウィラスが駆けていく。だが、ふと止まり振り返った。
「置いていかないでくださいね!」
「分かった」
ウィラスの冒険は、登と共にあるのだ。
「で、師匠、開発の手順とか心得とかあるのかよ?」
「この前も言ったように、想像が創造へと具現化します。例えば……出店したいなら、その店を脳内で創り上げてから、視線で場所を決めるわけです」
「そんなに簡単に?」
「ええ、簡単と言えますが……ザガンが口にしたように曖昧に想像すると歪な具現化になりますから注意してください。最初は小さな物から試した方がいいでしょう」
登は軽く目を閉じて想像する。
『ハンモック』
木に繋げる物でなく、置き型のハンモックを想像した。
それから目を開けて、設置場所を決める。
『願いの泉』へと歩いて行く。
木漏れ日注ぐ森の中、七色に輝く泉が見えてくる。
ウィラスがその泉の傍らで、スヤスヤと眠っている。冒険に疲れたのだろう。
登はハンモックに揺れるウィラスを想像した。
「完璧です」
ヘルヴィウムが言った。
想像は創造され、ウィラスはハンモックに揺られながら心地よさげに寝ている。
「なるほどね。でもさ、老村の商品は想像では無理だろ?」
登の疑問は当然だ。全てを想像で開発できるわけではない。『ヘルヴィウムのモンスター天国』での経験で分かっている。
「ええ、もちろんです。老村の商品のように、いわゆる商売品は想像では創れません。明確な線引きはありませんが、あえて言うなら、既存の物は想像で創造できると断言できるぐらいです」
想像だけで、簡単に開発はできないということだ。
「要するに、想像に頼らずに開発した方が確実な世界を創り上げられるってことであってるか?」
ヘルヴィウムが嬉しそうに頷いた。
「羽左衛門は、億劫がって想像に想像を重ねて、カオスな世界を創ってしまって……後始末が大変でしたよ」
曖昧で歪んだ世界を再開発せず、増築に増築を重ね、最後には魔王城のような世界になったのだとヘルヴィウムが項垂れている。
「いや、師匠の天国も地獄のような景色じゃんか」
「失礼な! あの芸術溢れる色彩を理解できないとは、嘆かわしい」
いや、おどろおどろしい色彩だと、登は内心突っ込んだ。
浦島友也だって、最初はビクビクしていたわけだし。
「では、そろそろこちらに青龍を移しましょう」
登が育成中の神獣である。
「突然だな」
「水晶は、自身の管理する創造世界で神獣から授からねばいけませんからね」
「あ、そっか」
子どもの想像世界を留める水晶のことだ。ザガンも口にしていたあの水晶である。
「ゲートから移動するのか?」
ヘルヴィウムが首を横に振る。
「回収瓶のように小さく収める依り代が必要です。現実世界では丸いボールやら四角いカードやらで主人公が所持していますがね」
登は『あー』と感嘆を溢す。
「あれは、確かに依り代って表現が正しいか」
「ええ、日本古来のやり方ですね」
「今や、スマホでも所持できるようになっていたりするな」
所持というより収集と言った方が正しいかも知れない。
考えてもみれば、どの想像も日本古来の土壌から脈々と繋がっているのだろう。
無から想像などできないのだから。
「じゃあ、回収瓶で移動するのか?」
「いいえ。回収と移動では依り代は変わります。他の異世界に出張する場合もそうですが、依り代は『石』と決まっています」
ヘルヴィウムが懐から綺麗な『石』を取り出した。
「それって……宝石、ルビーか?」
「神獣もモンスターも『石』を依り代にして、他の異世界に移動させます。基本は、色合わせをすれば問題ありません」
ヘルヴィウムが登にルビーを近づける。
ルビーの中には、鳳凰が眠っていた。
「綺麗だな」
登は宝石に収まった鳳凰の美しさに見とれた。
「青龍なら青い色の宝石が依り代になります」
「異世界で回収すればいいのか?」
「いいえ、現実世界で購入が決まりですよ。宝石を幾つも所持しなければならなくなりますから、稼がないといけません」
「へ?」
登はすっとんきょうな声を出す。
思ってもいない展開だ。
「どっかの異世界で回収とかできないのかよ」
「どの世界も『宝石』は高価な物ですよ。その辺に転がっているわけないですし、想像が具現化しただけの宝石は本物と認識できません」
「マジかよ……めっちゃ金が必要じゃん」
登の言葉にヘルヴィウムが呆れている。
「最初に言ったじゃないですか、神獣育成した給金では到底足りません。たんまり稼がないと異世界管理などできません」
ヘルヴィウムが親指と人差し指を繋げて丸を作る。まさに『金』の表現だ。
「だから、老村……」
ヘルヴィウムが商売をしているのはそういうことなのだ。宝石購入のための稼ぎが必要なのである。
特にヘルヴィウムは、モンスターを扱う異世界管理を担っているためだろう。
ザガンが口にした黒の異世界マスターの管理は、多岐に渡るのだ。
黒はどの異世界も扱うらしい。
色によって管理異世界が分別されているようだが、まだ登は他の色の異世界マスターのことは教えてもらっていない。
「登も、稼ぐ算段が要りますよ。今は、異世界管理組合からの依頼をこなしてお金を得ていますが、それだけではまかないきれません」
神獣の育成は、異世界管理組合から資金が出ているのだ。
この前の乙女異世界の依頼も同じである。
いわゆるギルドのような組合になろう。
登は無限袋からヘルタカードを取り出してゲージを確認する。施設に渡した分、まるっと減っている。
登に後悔はないが、心的重みを感じた。
異世界に就職して、宝石を得るために稼ぐ。現実世界なら、恋人に贈りたくて宝石を望むはずだ。
宝石の購入理由のおかしさに、登は肩を落とす。
「就職失敗したかも」
「今さらです」
少し前にも同じ会話をしたなと、登は思うのだった。
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