小説版 魔法少女くおんーシロガネノカゲヅキー ver.TV Animation
関守乾
第一夜「魔法つかいと御剣昴一郎」(アバン)
ただ、真っ暗な空があった。
そこに太陽はなく、月の光も、星々の輝きもない、分厚い雲に閉ざされて、ただどこまでも、どこまでも深い、タールで塗りつぶしたような闇色の空。
何も存在しないが故の平穏と静寂。刹那、一筋の極光が、それを引き裂いた。
日の光ではない。またたく星の輝きでもない。
あえて等しいものを上げるなら、それは銀色の、月の光。
次いで、大気を激しく震わせるのは、裂帛の気勢。
「……ハァァァァァァッ!」
それは白く燐光を放ちながら、刃の切り裂いた軌跡のように直線を描いて、やがて地平と交差する
天空を打ち割り降り注いだ聖剣。
あるいはヒトの眼にはそう映ったかもしれない
されど、砂塵を巻き上げ、瓦礫の欠片を砕きながら地にその足を付けたもの、 空に在っては白い光の矢と見えたそれは、――白い衣をまとい、白い翼を持つ少女の姿をしていた。
長くしなやかな髪と瞳は黒そのものの黒。
そして背中に大きく広げた翼と、狩衣に近い形状の戦衣装は、白そのものの白。
その背丈も、手足も、何もかもがか細く、小さい。 幼いと言っていい。精々のところ10歳をひとつかふたつ過ぎた程。
そして彼女は、――美しかった。
その黒髪は、最高級の絹糸よりも、尚しなやか。
その白い頬は、生まれたての嬰児よりも、尚瑞々しく。
黒曜石の艶とぬばたまの潤いを合わせ持った瞳も、装束と翼の白と相まって全体にモノトーンの印象を与える中で、鮮烈にそこだけが血に濡れたように赤い唇も、異常なまでに形よく整って美しい。
造形の神に選ばれた者の手により人外の技巧を尽くして産みだされたかのような、狂気じみて秀でた造形。
されど、されど彼女はただ美しいだけの無力な人形には非ず。
「はぁっ…はぁっ…!」
肩を上下させ、荒く息を吐きながらも、けして膝を着きはしない。
まっすぐに立ち、空を見上げる、その瞳は冷たく澄んで、清冽な光を宿していた。
視線の先、彼女を追うようにして、もう一つの影が、暗雲を突き破り現れる。
「せいゃぁぁぁぁぁぁっ!!」
右足を矛先に見立て、真っ直ぐに全身を伸ばして、咆哮を響かせながら、目指す先に立つのは、――白衣の少女。
白衣の少女が放っていたのが真白の燐光ならば、それが発生させ纏うのは、黒い炎。
自然界には存在しえない、異形の炎だ。
虚空を駆けるだけで、大気を蒸発させ炎上させ燃焼させ、さらに火勢を増しながら、真空状態となった中を突っ切って地平へと迫る。 姿と在り様はまるで、黒い太陽。
その超高速、その超高熱。
如何なるものであろうと、触れれば砕かれずにはいられない。というのを何より雄弁に物語っている。
されど、けして後に退きはしない、いかなる怖れもない。
ただ、迎え撃つ。
「――あなたは、強いね」
中指と人差し指、揃えて二本をまっすぐに伸ばし、頭上でくるりと一回転させた。
「けれど、止める」
指先のなぞった跡にそって現れるのは、彼女の放っているのと同じ、白き清浄な光のリング。
発生するのと同時に白の光輪は甲高い音をあげて旋回を始める。
「はっ!」
回転するにつれて、光のリングはサイズを増し、さらには少女が短く声をかけたのに応えて細かく振動した後に、大量に増殖し、大群を成す。
残像にも似たそれは全てが実体。
その数、47枚。
本来ならば超高速で回転しながら飛び交い、対象を八つ裂きに切り裂いてのける断頭の円環。
タクトのように指を振り、通常は標的に対して乱舞させて叩き込むそれを、今は平行に整列させ、体の前で集合させる。
47枚全てを重積させ、束ねて一枚の分厚い防壁と化す。
防壁の完成の、直後。
黒い炎に覆われ、鉄槌と化した〝暗黒太陽〟の蹴りが着弾する。
ぱりん。
ぱりんぱりんぱりんぱりん!
砕かれる。
いずれも、幾ばくかの抵抗は見せる。
けれど爪先の触れた順に、安っぽい破砕音をあげ破片をばらまきながら砕かれてゆく。
46枚までが砕かれ貫かれる。
残る最後の一枚が砕かれた時。
「――何!」
防壁のその向こうには、誰もいない。
「はあぁぁっ!」
そしてまったく意図しなかった方向から、白の少女が再び姿を見せる。
叫びとともに、白衣の袖が焼かれるのも厭わず、黒炎の中に手を突き込む。
わずかに炎の裂け目から見えた顔や胴ではなく、襟をつかむ。
「てぇぇい!」
腰をかち上げ、蹴りの速度に自分の力を加え、明後日の方向へと、放り投げた。
元々の加速自体があだとなり、地面と平行になって飛んでいくと、やがて、倒壊せずに残っていた塔の残骸に衝突してようやく止まるのだった。
防壁自体を囮にしての死角からの強襲。
悉くが砕き散らされた47枚の防護壁は、けしてただ無意味に破られたわけではなく、己の役目を全うしていた。
が、見るものが見ればあきれ果てるであろう。
先ほどの、47枚の断頭の円環や、目前の黒炎の鉄槌などと同列に語れるべくもない。
ただ、重心を移動させるのに合わせて体制を崩させ、自身の力であらぬ方向へと放り投げるだけ。
ただの――合気道。
いわば――ただの人間技。
それを持って勝敗は決さない。
「ここまで来て…ここまで来て…!どうして…?」
悲しそうな声をあげて、立ち上がるのは〝暗黒太陽〟
それもまた、やはり少女の姿をしていた。
黒い炎が上がる。
歩を進めるたび、その身を揺らすたび、体のいたるところから炎が噴出して大気を焼く。
同じしつらえ、同じ装い。ただのその色は、夜空のそれを切り取り衣服として纏ったような、そして彼女の放つ炎と同じ、黒い色。
不揃いに伸びた鉄色の髪、最上級の紅玉のような鮮紅色の瞳。
目鼻の造作でいうなら、白い少女とも遜色ないほど可愛らしく整っている。
だが、顔の右半分に目をやった時、見る者は眉を顰め、顔を曇らせるだろう。
〝黒〟の少女の眉の位置から首筋近くまで、痛々しく焼けただれ、引き攣れていた。
「…どうして、
対峙する〝白〟と〝黒〟
互いに人外の術を繰り出しあいながら、その交わす視線には、敵意も悪意もまして憎悪もない。
「……おねがい」
一方が、愛おしそうに微笑みを向け、夢見るような口調で呼びかける。
「ねえおねがい、あなたに触れさせて?」
一方が、哀しそうに眼を伏せ、血を吐くように懇願する。
どれほど、その言葉に頷きたい事か、けれど。
「今はそれはできない、今はまだ。……お願い、退いて!」
「ニェート!……こちらから、行きますね?」
黒衣の少女が空に向けて高く、掌を掲げる。そこから炎が吹き上がり、帯状になって上空へと昇ってゆく。
幾条もの黒い炎の流れ、それは絡まり合いもつれ合って、球体をなす。
太陽を、そのまま縮小し、地上へと呼びだしたような火球が3つ、天に架かる。
「行きなさい」
どん。
どん。
どぉん!
間をおかずして、3度放たれた。
空間そのものを飲み込み、焼き尽くし、不規則に軌道を変えながら、3発の火球が猛進する。
共通するのは、一つ一つが大型車程もあるサイズ。そしてただ一点をめざしていること。
そしてそれを迎える、白衣の少女は、ただ立ち尽くすのみ。
先ほどのような断頭の円環では、例え数百枚用意したところで、もはや身を守る役には立たない。
武器のひとつすら、その手にはない。――否。
彼女に、この状況下においてただその身一つで無策にそれを受ける愚直など、彼女には許されていない。
「剣よ!」
白い少女は、掌を前にかざして呼ぶ。
「剣よ来い!」
自らの半身とも言うべき、剣の銘を。
「ツクヨミノ剣よ!――来い!」
そして、着弾する。
火球の形に留めていた枷から解き放たれ、炎が踊り狂い無差別に高熱を振りまいて襲い掛かる。
黒炎は〝白〟を飲み込まんと降り注ぎ…
一閃。
黒炎が切払われる。
一閃。
黒炎がかき消される。
そして一閃。
「ハァァァァッ!」
3発の火球が、見事に切り裂かれ。消し飛ばされていた。
〈白〉の呼び声に応えその手の中にあらわれていたのは、直刃の長剣。
超高熱の黒炎を切り裂いてなお、融解の跡すら見せず、その刀身は艶めいて光を弾いている。
〈白〉の少女の命を預けるに足る、大業物中の大業物。
神剣の中の神剣。
銘を、ツクヨミノ剣という。
「やはり、そう来ますか!」
対する〈黒〉もまた、黒火球の3連打で仕留めきれぬ事など初めから分かっていたかのように。
彼女は笑う。純粋に〈白〉の見せた技に感嘆と敬意を表するように、笑う。
条件は対等。
〝白〟にできることは〝黒〟にもできるのだ。
愛くるしい笑顔を浮かべたままで、叫ぶ。
「
そして、その手の中に現れる。彼女自身の身の丈ほどもあろうかという大鎌。
「――――!」
「――――!」
声にならない叫びを放ちながら、先んじて〈白〉が、続けて〈黒〉が互いに向けて走り出す。
駆けながら、掌をそれぞれ聖剣と大鎌の刃に添え、柄元から切っ先へと奔らせて行く。
聖剣の刀身が光で満ち。大鎌の刃が全体に黒の炎を纏い――〈白〉と〈黒〉が激突した。
黒火の大鎌と、白い光の聖剣が、わずか一瞬の間に数百度打ち合う。
剣勢と速度のすさまじいがゆえ、鳴り響く激突音は、重なり合い、ただ一度。
「――くぅっ!」
黒髪を揺らし、片方が、己の意思を告げる
「あなたは、――あなただけは必ず救ってみせる!」
白い頬を紅く染め、片方が、己の信念を語る。
「絶対に、あなたを、こんなところに置き去りになんてしないから!」
互いに望み魂を賭す、極めて似ていて、けれど相反する思想を。
「出るんだ、ここから」
「帰るんだ、あそこに」
「わたしと」
「あなたと」
「あの人と!」
白い閃光を纏いながら、彼女が、叫ぶ。
「わたしの名前は――!」
黒炎を撒きながら、彼女が、吠える。
「Яの、名前は――!」
白い月光。
――その名、〈斎月くおん〉
黒い太陽。
――その名、〈
両者は同時に、己の名前を叫びあう。
己がどこの何物で、何を為さんとしているかを込めて。
一方は、己と等しき、共に寄り添いあっていけるはずだった相手に刃を向けなければならないことに、涙を流していた。
一方は、己の
白の聖剣は、母と慕った相手を傷つけた血で、まだ赤く濡れていた。
黒の大鎌は、同志を屠った血でまだ赤く濡れていた。
大地が揺らぎ、大気が悲鳴を上げる中、〝白〟は聖剣を大きく振りかぶり、〝黒〟は大鎌を奮って黒炎を躍らせながら、申し合わせたように、可憐な声を張り上げる。
退けない、譲れない。
等しく、互いを救いたいと望むが故の、両者、全力攻撃。
〈
〈
「駄目だ…!」
「止せ…止せ!」
「スヴェート!…くおんさん!」
魔法少女くおん
―シロガネノカゲヅキ―
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