第1879話 天上界からの執行を回避するために

 大魔王ソフィが自身の出せるだろうと考えている力の六割までが開放された時、煌阿の『隔絶空地入法かくぜつくうちにゅうほう』は完全に解除されてしまい、ソフィを封じ込める目的で張られた『赤い真四角』の『結界』もすでに粉々にされてしまっている状況にある。


 まだソフィは完全に普段通りというわけではなく、鵺特有の『呪いまじな』と呼ばれる『呪法じゅほう』の類の影響で幻覚に囚われているのだが、もはやこの幻覚を見せる事で本来の目的であった、精神を破壊するという煌阿の目論見は崩れ去ってしまっている。


 それどころかその幻覚を見せてしまった所為で、この世界にとっては徐々に取り返しのつかない状況へと追い込まれ始めていくのだった。


 ソフィが幻覚で何を見ているのかは、この状況を作り出した煌阿にも分かってはいない。


 あくまで今回発動させた煌阿の『呪いまじな』は、他者の精神を破壊する事を目的とした幻覚を見せる事にあり、その内容自体を煌阿が生み出したというわけではないからである。


 だが、今の心底嬉しそうに笑っているソフィの様子を見た煌阿は、自身の放った『呪法』が全く役割を担っていないのだと悟った。


 ――否、実際には『呪法じゅほう』の作用が成立しており、現実に起きた数千年前の『力の魔神』との戦闘であっさりと三割程の力で勝利して見せたソフィが、今回の幻覚の中では自身の出せるだろうと判断する六割程までの力を開放していて尚、その幻覚の中に居る『力の魔神』を倒せずにいる状況にあった。


 つまりソフィが過去ではあっさりと倒せた敵が、幻覚の中では苦戦を強いられる程に強くなっていて、本来であればこの状況は絶望に包まれている最中にあり、更には過去に一度倒しているという部分が、その絶望へと拍車を掛けている筈なのである。


 あくまで大魔王ソフィが特殊なケースだっただけであり、煌阿が術に失敗したわけでもない。


 大魔王ソフィの抱く願望とは、彼自身に敗北を与えられる程の強さを持つ至高の存在と出会い、そして全力で戦った上で可能であれば『その至高の相手に完膚なきまでに叩き潰された後に敵わない』と思わせて欲しいというモノであった。


 ――だからこそ、煌阿の見せた幻覚によって、簡単に倒せたはずの敵がソフィの望む『存在』へと成りかわり、有りもしない現実を生み出してしまった。


 そしてこれはソフィ自身にとっては幸福な夢の出来事であり、この場に居る他者の者達にとっては不幸な出来事なのである。


 これがまだ大魔王ソフィが、世界そのものに干渉出来る程の強さを有していなければ、特に問題があったわけではない。


 しかし残念ながらこの大魔王ソフィは、無自覚に発揮される『力』だけで世界を崩壊させる事を可能としてしまう程の天上界の神々が定めた『』なのである。


 ――過去にソフィは、リラリオの世界で今回と似たようなケースに陥った事がある。


 あくまでその出来事が生じた時は、術の作用で意識を落とされたに過ぎず、内に眠る大魔王が無意識に自衛を図ろうと行動を起こしたのだが、その時に放とうとした『終焉エンド』によって、リラリオの世界に生きる全生命体の存在の死を引き起こしかけたのだ。


 その時は力の魔神が機転を利かせて、ソフィから預かっている『魔力』を返却せずに、魔神の独自の判断で裁量を行い、意識を失わせた要因を引き起こした『魔族』の命を奪う事で完結し、世界そのものに対しては事なきを得た。


 しかし今回の場合では、力の魔神から預けている『魔力』を全てソフィが取り戻してしまっている。


 つまりこの場にあの時のように『力の魔神』が介入が出来たとしても、それは『力の魔神』個人の力でソフィを止めなければならないという事になるのだ。


 ――そしてソフィが力の開放の六割までを開放し、更に『三色併用』を纏い始めた事で、起こり得る最悪の状況を想定した『力の魔神』がソフィの召喚ではなく、独自の判断によって『次元の狭間』内へと現れ始めた。


 そしてその現れた『力の魔神』の表情は、まるで今の幻覚に囚われているソフィが見ている『力の魔神』と、瓜二つの憤怒の表情を浮かべていた。


「――」(貴様が何を考えているのか知らないが、をしやがって……!)


 ソフィと契約を果たしてからこれまでは、あくまでソフィの呼びかけに応じて現世に出現を果たしていた『力の魔神』だが、今回は独自の判断でこの世界に出現を果たした。


 今の『力の魔神』は、 『』といった世界の危機を生み出す『存在』の対処に当たる『執行権限』を有しておらず、また天上界からの命令に従って行動をしているわけでもない。あくまで『いち神々』として、契約者であるソフィの言葉に基づいてこれまでは下界で動いていた。


 しかしそんな『力の魔神』が、今回はソフィの命令もなしに行動を起こして、剰えソフィをこの空間へと閉じ込めた『煌阿こうあ』に対して『執行者』の代わりと捉える事の出来る行動を取ろうとしていた。


 そもそもこの『執行者』だが、本来はこの『ノックス』の世界で多くの死人が出た時や、このままでは世界そのものが立ちいかなくなるだろうという危機が訪れた時に、自動的に『魔神』が出現を果たして、崩壊の原因となるモノを排除して調停を行うものなのである。


 そういった強すぎる力を持つ者は、事を起こす前から『天上界』に居る者から『超越者』と呼ばれて、監視対象として扱われている。


 中には直接『超越者』に対して、幾度となく抑止の意味を込めた干渉を行ってくる事もあるのだが、この大魔王ソフィには執行権限を失った『力の魔神』が、大魔王ソフィとの契約に基づいた上で傍についており、天上界もそれを踏まえて出過ぎる真似を必要以上にしたことはない。


 それだけこの『力の魔神』が天上界で一目置かれている事の証左なのだが、最近では大魔王ソフィという『超越者』の周りに、油断のならない輩が次々と現れ始めてきており、取り返しのつかない出来事を起こす前に、大魔王ソフィに対する『執行』を行うべきだという考えが、天上界に浮上してきている状況にあった。


『力の魔神』も当然にその事に気づいているのだが、彼女だけでは『天上神』の決定までは覆す事が出来ず、もし即座に『執行』を再考される事になればどうする事も出来ない。


 その時が来ればもう『力の魔神』は、大魔王ソフィという契約者を守るために『天上界』そのものに反旗を翻して自身の存在を削除されるまで、ソフィと共に戦い続ける事となるだろう。


 しかしそれは最後の手段であり、可能な限りは『執行』を決定付ける出来事を回避したいと彼女は考えている。


 そうだというのに、ここに来てまた不測の事態が生じてしまった。それも今回は同じ世界で起きた『天狗族』との戦いの時以上に危険な状態が齎されている。


『力の魔神』はもしかしたら『王琳』という、大魔王ソフィと同じ『超越者』がソフィに対して何かを決起する可能性があると考えて、先に釘を打つ形で契約者であるソフィに、王琳と戦う時は必ず私を『世界に対する盾』に使うという意味で呼んで欲しいと口にしていた。


 これは『ノックス』の世界を守るという意味ではあるが、本意は『執行』を決定される事を避けたいというソフィを想っての言葉であった。


 ――だが、今回その『超越者』とは関係がないところで、新たに『世界の危機』が訪れてしまったというわけであった。

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