第1867話 完全に隔絶された空間

「見た事のない術式だったが、俺の攻撃を凌ぐとはたいしたものだ」


「そうかい? 確かにお前の『魔力波』は大した攻撃力だったみたいだけど、今更僕たち大魔王に何の『魔』の技法も伴っていない、防いだところで威張れるもんでもないけどね」


(大魔王……? か? 妖魔には見えぬが、コイツは何者だ?)


 元々妖魔山に居た妖魔ではない事だけは煌阿にも理解ができるが、しかし明らかにノックスの世界の人里に居る人間たちにも見えない。


 少し前まで洞穴に張られていた『卜部官兵衛』の『結界』の内側に居たことにより、当然に魔族という他の世界から現れた存在を彼は知らず、単に山の中腹付近で彼のよく知る『天魔』が、膨大な魔力を有する何者かと戦い敗れているという事しか分かってはおらず、その何者かが目の前に居る別世界の魔族だという事も当然理解していない。


 しかし煌阿は目の前の自分の事を大魔王と呼んでいる人間にしか見えない少年が、明らかに妖魔ランク『8』程の存在でもあっさりと消し去る程の威力を持った『魔力波』を見事に掻き消した事で、この山には侮れない存在が多く現れているのだと、ここにきてようやく理解した様子であった。


 そして煌阿が更にエヴィに向けて質問しようと口を開きかけたが、そこに新たに数体の妖魔達が姿を見せ始めるのだった。


「神斗様、天狗達と戦っていた人間達の居場所が分かりました。どうやら山の中腹に入ったところにある『鬼人族』の縄張りへと引き返していたようです。如何なさいますか?」


 どうやら現れた数体の妖魔達は、先程煌阿が指示を出した禁止区域に居る妖魔達だったらしく、神斗の姿をしている煌阿を妖魔神と信じて疑わず、しっかりと報告を行いにこの場に戻ってきた様子であった。


「それは全員人間なのか?」


「いえ、どうやら赤い狩衣を着た妖魔召士に、その護衛とみられる妖魔退魔師達も紛れてはいる様子ですが、我々からみても人間なのかどうか判断がつかぬ者達がちらほら……。その中にはあの『天魔』殿や『天従十二将てんじゅうじゅうにしょう』の連中をたった一体で相手をしていた背中に黒い羽を生やした者も行動を共にしているようです」


「黒い羽……?」


「は、はい。背中に四枚の黒い羽を生やして天候を操ったり、面妖な白い光の束を放ちながら、天狗共を全滅させたあの化け物の事です……」


! まさか、その黒羽って!?」


 その煌阿の配下と見られる妖魔の言葉を『魔族』の耳でしっかりと聞いていたエヴィが、煌阿の代わりに言葉を発するのだった。


 煌阿と報告を行ったその妖魔は、その声に同時にエヴィの方に視線を向けるのだった。


 エヴィは先程の煌阿の攻撃を防いだ時のしたり顔をしておらず、今は不安そうに煌阿の隣に居る妖魔を見ていた。どうやら目の前の少年とその黒羽とやらは、何らかの関係があるのだろうと彼は判断するのだった。


「どうなんだ……?」


 神斗だと思い込んでいるその妖魔は、煌阿に尋ねられて慌てて首を横に振った。


「な、名前までは分かりませんが、命令通りに奴らを襲撃が行えるように配置についています。神斗様のご命令があれば、直ぐに襲わせられますが、如何なさいましょうか?」


 エヴィの方を完全に無視しながら、神斗と思い込んでいる煌阿に向けてそう口にするのだった。


「いや……、その黒羽が何なのかは知らぬが、天狗共をたった一人で全滅させられるような奴ならお前たちだけでは手に負えぬだろう。その黒羽とやらは直接俺も見てやる」


「わ、分かりました。そ、それでは一足先に戻ってまだ動くなと伝えてきます」


「ああ、俺も直ぐに行く。頼んだぞ?」


「御意」


 返事を行った妖魔は、そのまま直ぐに姿を消すのだった。


 どうやら普段と違う一人称には気づかず、報告を行った妖魔は最後まで神斗だと信じて疑わずに去って行った様子であった。


「待て!!」


 エヴィが大きな声を出しながら砂へと姿を変え始めて『結界』の外側へ出ようと試みていたが、煌阿の『結界』を破る事が出来ずに再び人型の姿へ戻るのだった。


「ふふっ、残念だが、お前達は俺が出さなければ二度と外に出る事は出来ぬ。ひとまず俺が戻って来るまでそこで指を咥えて見ているがいい」


 そういって立ち去ろうとした煌阿の背中に向けて、エヴィは『極大魔法』の詠唱を始めるのだった。


 ――神域魔法、『普遍破壊メギストゥス・デストラクション』。


 しかし当然ながら『シギン』の『結界』の八割程に過ぎないその煌阿の『結界』には、傷一つ付けることが出来ずに衝撃さえ『結界』に呑み込まれて何事もなく雲散していくのだった。


 更にエヴィは諦めずに詠唱を行いながら、今度は右手で別の『魔』の技法を試み始める。どうやらその光をみるに『透過』を行おうとしているのだろう。


 それを見た煌阿は口角を上げながら笑う。


 ――『透過』、魔力干渉領域。


 ――神域魔法、『普遍破壊メギストゥス・デストラクション』。


 しかしその『結界』にはエヴィの『透過』技法も通用せず、先程と同様に『結界』に弾かれて消えていく。


「無駄な足掻きだ。この『結界』には卜部の血筋の『魔』の概念が使われている。俺がお前達と話をしていたからこそ、さっきの奴も気付く事が出来ていたが、俺が居なければお前達は誰にも認識出来ず、またこの『結界』を破る事は出来ぬ……が、今の『透過』の完成度を見ていれば分かる事だが、さっきの俺の攻撃を防いでみせた事からも、お前は少しばかり侮れぬようだな」


 煌阿はそう言うと、ゆっくりと振り返りながら右手をエヴィ達に向けて翳し始めた。


「念には、念をだ……!」


 ――魔神域『時』魔法、『隔絶空地入法かくぜつくうちにゅうほう』。


 それは目の前の張られている『結界』ともまた異なり、洞穴の中に居るシギンにも使われている『結界』にして、煌阿自身もかつて辛苦を舐めた『卜部官兵衛』が編み出した『存在』を封じるといっても過言ではない『結界』であった。


「ふふっ、余計な事をせねばまだ可能性は残されていたかもしれぬというのに、これで万が一にも出てこれぬようになったな。俺が戻って来るまでそこで大人しくしているがいい」


 そう言うと今度こそ煌阿は、この場から音もなく姿を消すのだった――。


「ちっ、逃さ……!」


 エヴィはこの場を去ったであろう煌阿に舌打ちをすると、再び『魔法』を放とうとしたが――。


「止めておけ、エヴィ! この『結界』はさっきまでのとは全く違う。この目で実際に何百年も見てきたが、これは絶対に私たちでは解除が出来ないモノだ……! 下手に『魔』の技法を使わない方がいい」


 しかしその『魔法』が放たれる寸前に、耶王美にそう言って止められてしまうエヴィであった。


 ……

 ……

 ……

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