第1864話 大魔王エヴィと妖狐の耶王美
煌阿は妖魔達に指示を出し終えた後に神斗の身体で『魔力』の調整を行っていたが、どうやらひとしきり整え終えたようで、ゆっくりと目を開いた。
「俺の『魔力値』の全てを使いこなす事はどうやら出来そうにないが、それでもあんな身体よりは遥かにマシなようだ。どうやら神斗の奴も『魔』の概念に対して傾倒は続けているようだが、しっかりと研鑽自体は続けていたようだな」
煌阿のいう
『殿鬼』は鬼人の妖魔であり、確かに物理的な攻撃力の高さと防御力はピカイチであったが、煌阿にとって一番肝心な『魔』の概念に関してはハズレと言わざるを得ない身体であった。
身一つで戦える事こそが鬼人族の長所である為に、煌阿の望む『魔』の適正がないのは仕方のない事ではあったが、もし煌阿がシギンと戦う時に自分の身体であったならば、もう少し早く決着をつけられていただろう。
それ程までに『殿鬼』の身体で戦う煌阿は、戦闘における制限が掛かっている状態だったのである。
もちろん鬼人である『殿鬼』の身体に備わる防御力のおかげで、シギンのあらゆる『捉術』や『戦術』を殺す事には成功していた為、一方的なハンデを背負って不利な立場で戦ったといういうつもりはないが、それでも煌阿に今の新たに乗り移った神斗程の身体があれば、あんな『魔力』の一部を精神体代わりに使ってシギンの『魔力』に同居させて騙し討ちを行う必要性もなく、楽にシギンを『結界』の内側へ放り込むことが出来ていただろう。
しかし結果的に騙し討ちを行えたからこそ、こうしてある程度は『魔』の適正のある神斗の身体を強奪出来たのだから、それ以上悪くも言えない煌阿であった。
「この神斗の身体でようやく、本来の俺の全ての『魔力値』の七割、八割程を扱えるといったところだな。もう『卜部』と戦う必要がない以上、当面はこの身体で十分だろう」
そう口にすると煌阿は『二色の併用』を用い始めた。
「さて、連中から新たな報告が入るまでは『耶王美』の様子でも拝んで待つとしようか」
そう言って厭味な笑みを浮かべた煌阿は、その場で静かに『詠唱』を始めた。
――
その『魔』の技法は、新たにシギンと戦った事で得た『空間』の力であった。
何度もシギンとの戦闘で目で見て身体で感じていたおかげで、ある程度の使用への理解は出来ていたのであった。
そしてその場からシギンのように忽然と姿を消した煌阿は、あっさりと『神斗』や『悟獄丸』が利用していた山の頂に辿り着くと、きょろきょろと辺りを見回し始めた。
やがて目的の『耶王美』を見つけると、満足そうに口角を吊り上げた煌阿だが、そこに
…………
煌阿がエヴィ達の元に来るほんの少し前、この『結界』から逃れる術を模索しながらエヴィは、耶王美と会話を行っていた。
エヴィは自分の『想い』と同じモノを抱く耶王美に親近感を覚えた後、同類だと認めた彼は彼女に懐き始めた。
それからはエヴィも耶王美の王琳に対する思いを真剣に聞き、彼なりに彼女が望んでいるであろう言葉を考えながら答えていた。
本来、アレルバレルの世界の『九大魔王』エヴィといえば、崇拝する主であるソフィ以外の事には一切の興味も抱かず、直接その主であるソフィから命令でもされない限りは、重要な任務すらも放棄するような大魔王であった。
もちろん戦闘面では非常に優秀ではあるのだが、ソフィや彼と同じ『九大魔王』のディアトロスやユファが彼につかなければ、軍議の中でも好き勝手に思い付きで発言を行い、反論されたらそのままへそを曲げて部屋を出て行くような魔族であり、部下達からは非常に扱いに困ると言われていた。
そんなエヴィが耶王美という同類の前では、真摯に彼女の話す言葉に耳を傾けて、彼女が話の中で辛そうな表情を見せれば、まるで自分の事のように涙を流して彼女に寄り添い、彼女を何とか元気づけようと言葉を掛けているのだった。
そして普段であれば自分本位に好き勝手に話を始めて、そのまま相手の返事を待たずにあっさりと姿を消すようなエヴィが、耶王美の話が終わるまで自分は聞き手に徹して、これまで一言も自分の話を行わなかった。
耶王美はその事に感謝して、彼女もまたエヴィを同類として気に入り始めていく。
ようやく彼女が自分の話を終えた時、今度はエヴィの話を聞きたいと口にした事で、エヴィはその言葉に非常に嬉しそうに顔を綻ばせた後、今度は自分の身の上話を始めたのだった。
元々大魔王エヴィという魔族が戦争孤児であった事。
小さい頃から何度も死を覚悟するような経験を繰り返しながら生きてきた事。
友達や親しい仲間と呼べる者が出来ず、たまに話掛けてくる連中が現れても、例外なく騙そうとする事を目的とした奴であった為、自分以外に信じられる奴はこの世界に居ないのだと十歳の頃には理解していた事。
まるで救いのない話を延々と聞かされていく内に、長く生きて色々な経験をしてきた妖狐の『耶王美』でさえもその表情を固くしていくのであった。
「――でね? 僕が生まれてからそれまでで一番大きな戦争が起きた時の事だったんだけど、これまでも何度も死にかけた経験はあったけど、その戦争を引き起こした張本人の『大魔王』……あ、えっと僕と同じ『魔族』で力の強い奴って思ってくれたらいいんだけど、そんな大魔王が僕の目の前に現れたんだ」
魔王という概念がないこの世界だが、エヴィが逐一分かりやすく説明を行ってくれている為、
「そいつは今の僕たちからすれば、何て事のない何処にでもいるような『大魔王』だったんだけど、当時の僕が生きてきた大陸では間違いなく一番強かった奴でね。僕は震えて動けなくて声も出せなかったんだけど、そんな僕を見たそいつは塵芥を見るような目を浮かべて、あっさりと僕の首を刎ね飛ばしたんだ」
「え?」
流石にこれまでも表情を固くさせたり辛そうな顔をしていたが、今の話を聞いて驚きの声をあげざるを得なかった。
――それも当然の事だろう。
人間ではないといっても首を刎ね飛ばされたならば、大半の生物は死を迎える筈だからである。
「でも僕は首を刎ね飛ばされても死ななかったんだ。どうしてなのかは全く分からなかった。でも遠くへ転がっていった首だけとなった僕は、その視線の先で馬鹿みたいに大笑いをしているその魔族を驚いた目で眺め続けていたんだ」
「……」
耶王美はごくりと喉音を鳴らしながら、熱心にエヴィの言葉に耳を傾け続けている。その様子を見るに彼女は、その先が気になって気になって仕方がないようであった。
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