第1862話 言葉に表せない初めての感情

 ミスズに連れて来られた玉稿に再び妖魔山の頂を目指す事を伝えた後、ソフィ達は集落の門へと向かうのであった。


 そして集落の門にソフィ達が辿り着くと、すでに百鬼や動忍鬼にイバキ、それに集落に居る鬼人達も勢揃いしていた。


「「皆さん、本当にありがとうございました!」」


 どうやら百鬼を無事にこの集落に送り届けた事や、天狗族の脅威から子供たちを守り、鬼人族そのものを守ったソフィ達に、集落を出ていく前に一言感謝の言葉を伝えたいと集落に居る者達は考えたのだろう。


 集まった者達は皆、一様に笑顔を浮かべながらソフィ達に感謝の言葉を口にしたのであった。


 これにはソフィ達だけではなく、妖魔退魔師の面々も驚いていた。


 妖魔退魔師は悪事を働く妖魔を討伐する人間達であり、このように妖魔山に居る妖魔達から感謝の言葉を口にしながら頭を下げられたことで、色々とこれまでの常識が変わる事となったようである。


 もちろんエイジやゲンロク達も多少は驚く素振りを見せているが、彼らは妖魔を直接に『式』にして関係を築き上げた経験もあり、討伐以外に関わりが薄かった妖魔退魔師よりは少しだけ慣れている様子であった。


 そしてシゲンやミスズ、それに他の連中も口々に鬼人達と笑顔で言葉を交わしている。その様子を眺めながらソフィが嬉しそうな笑みを浮かべていると、そんなソフィにも声を掛けてくる者達が居た。


「ソフィさん、本当にありがとう」


「また貴方には返しきれない恩が、一つ増えてしまったようだ」


 ソフィの手を握りながら感謝の言葉を口にする動忍鬼と、嬉しそうにそう言って笑うイバキであった。


「クックック! 。お主にはすでに。こちらこそ、ようやく少しはその恩を返せたといったところだ」


 ソフィの言葉を聞いて何かその先の言葉を口にしようとしていたイバキは泣きそうになり、その横に居た鬼人ではない一体の妖魔が、口を開いた。


「ソフィ殿、主を助けてくれてありがとう。貴方は本当に主の命の恩人だ」


 そういって鷺の妖魔である『劉鷺りゅうさぎ』もまた、ソフィに頭を下げるのだった。


「お主が森でイバキを救ったという者か。よくぞイバキを助けてくれた。我がこうして恩を返す機会が出来たのも全てはお主のおかげだ。我の方こそ礼を言う」


 そう言って笑みを向けたソフィに、劉鷺は驚いて目を丸くするのだった。


「いやはや……。貴方のような器の大きな者は初めてだ。何か困った事があればいつでも頼ってくれ。俺も主も必ず助けになるぞ。まぁ、俺達に出来る事など限られているだろうが、何でも力になると誓わせてもらう」


 そう言って劉鷺は再びソフィに頭を下げたのであった。


「うむ、分かった。その時はまたよろしく頼む」


 この劉鷺の言葉に遠慮する事は気持ちを無碍にする事だと、ソフィは素直に頷いてみせるのであった。


「是非、いつでもきてくだされ」


 そして集落の長の玉稿もまた、イバキ達とソフィの様子を窺っていたようであり、ソフィの言葉に返事を行うように会話に参加してそう告げるのであった。


「ああ、いつでもきてくれよ!」


「兄ちゃん、あの時はありがとう!」


 天狗に怯えていた子供や、その家族たちもまた、ソフィに満面の笑みを浮かべてそう言ってくれるのだった。


 そしてソフィはまた彼らに挨拶をしていたが、手を一際強く握られた事に気づいて動忍鬼の方を向いた。


。今の私は。あの時の貴方の言葉に従って本当によかった。あの時、本当にあの時に人里へ向かっていたら、今の幸せな私は居なかった。私を止めてくれてありがとう! イバキを助けてくれてありがとう!」


 そう言って涙を流しながら何度も感謝の言葉を口にする動忍鬼に、ソフィは強く衝撃を受けるのだった。


 単に感動しているだけというわけでもなく、その衝撃の感情を言葉にする事は長く生きてきたソフィにも直ぐには思いつく事が出来ず、今日一番の驚きの表情をソフィは浮かべながら、嬉しそうに笑う動忍鬼の顔をじっと見続けたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る