第1750話 感謝、謝罪、憤怒
「そ、ソフィさん……」
心配そうな表情を浮かべながら動忍鬼は、自分の方を向いたソフィに呟く。
「お主と再び会えて少しの間とはいえ、しっかりと話を行えたことは非常に喜ばしい事であった。先程も口にした事ではあるが、お主の為をと思った言葉だったとはいえ、お主の気持ちを蔑ろにしてしまうような発言を許してくれ」
玉稿が開いてくれた酒宴の場でも話した内容を再びソフィはこの場でも口にする。それだけソフィにとっては動忍鬼に対して告げた言葉は、とても気を揉んでいた事であったようである。
動忍鬼はそのソフィの言葉を聴き、再び首を横に振って笑みを浮かべた。
「私は貴方に出会えたおかげで、今こうしてこれだけの幸せを手に出来ているの。あれだけ嫌っていた人間に対してもこうして接する事も苦じゃなくなった。それも全てソフィさんとあの森の中で出会えたおかげなの。だからソフィさんには謝ってほしくない。また必ずここに顔を見せに来て欲しい。その時はしっかりと感謝を形にしたいから……」
動忍鬼は嘘偽りのない本音を口にした後、その目からぽたりと涙が溢れ出てしまう。
色々と彼女の中で制御しきれない感情がこみ上げてきたのだろう。謝罪を行うソフィの気持ちと、そのソフィに対して感謝をする気持ち。更には自分達鬼人族と天狗族の問題にこうして巻き込んでしまい、剰えソフィはその天狗の首領に直接目をつけられて連れていかれようとしている。
色々な感情が綯い交ぜになり、笑っていたいと思う本心とは裏腹に、こうして能動的に『動忍鬼』は涙を流してしまったようであった。
「あ、あれ……? あ、あう……」
慌てて手で涙を拭く動忍鬼だったが、次から次に流れる涙を止められず戸惑う言葉が口から漏れ出るのだった。
それを見たソフィが慌てて動忍鬼に声を掛けようとしたが、寸でのところで思い留まる。
何故なら隣に立っていたイバキが、瞬時に懐から一枚の布を取り出して、慣れた所作で動忍鬼の顔を拭いて見せたからであった。
そしてそれを見たソフィは、直ぐに彼らの今の関係を知り、そして先程の動忍鬼の『人間に接する事が苦ではなくなった』という言葉の本質を理解して笑みを浮かべるのだった。
「クックック……! イバキ殿、今後も動忍鬼の事をよろしく頼むぞ? お主は我から見ても大変素晴らしい人間だ。お主がこの子の傍に居れば何も問題はあるまい」
「え、それは……うん、そうだね。俺も彼女を大事に想っている。彼女の事は俺に任せて欲しい」
真剣な表情を浮かべてそう告げたイバキに、顔を赤らめる動忍鬼の両名の顔を見たソフィは、改めて慈しむような表情を浮かべるのだった。
その表情はかつて『アレルバレル』の世界に存在する『精霊女王』である『ミューテリア』が、自分の愛する精霊の子達に向ける表情と瓜二つであった。
――だが、そのソフィの見せた表情は、唐突に
「いい加減にせぬか、いつまでその三文芝居を続けて儂ら天狗達を待たせるのだ!」
どうやらソフィ達が逃げぬように、華親に命じられてこの場に残っていたのだろう一体の天狗が、ソフィと動忍鬼達の別れの挨拶が思った以上に長引いた事で、自分だけが待たせられている事に腹を立てたのだろう。
その天狗は怒鳴りながら、何と『魔力』の余波をその場にいる者達に向けて放ち始めるのだった。
「危ないっ!」
一番その天狗から近くに居た動忍鬼が、天狗の『魔力圧』の脅威に晒された瞬間、先程動忍鬼を守ると口にしたイバキが、その言葉に偽りなく彼女を守ろうと余波から身を挺して庇おうとした。
しかし、流石に『
「あぐっ……!」
「い、イバキ!?」
動忍鬼を抱き寄せたまま、イバキは門に激突して頭から血を流してそのまま意識を失ってしまった。何とか身を守られた動忍鬼は無事だったようだが、自分を庇って血を流して意識を失ってしまったイバキに、ソフィに見せていた涙とは別の種類の涙を流しながらその名を叫ぶのだった。
突然の出来事にその場に居た者達の時間が止まったかの如く静止するが、その中で
「ちっ!
ソフィは心臓がどくどくと波打つ感覚を味わうと共に、起こった出来事を完全に頭で理解し終える。
そのままソフィは何かに突き動かされるように無表情のままで倒れているイバキと、心配そうに涙を流してイバキの名を呼ぶ続ける動忍鬼たちの元に寄っていくと同時に
「オイ! いつまで待たせれば気が済むのだ! さっさと移動を始めんかノロマ共が!!」
再び叫び声をあげた天狗は『
先程の魔法によってみるみる内に生気を取り戻していくイバキを見て、小さく息を吐いたソフィだったが、やがて彼はその場で立ち上がると、邪未に向けて憤怒の表情で睨みつけながらその口を開いた。
「
かつて『アレルバレル』の世界で『第一次魔界全土戦争』が起きたあの時と、全く同じ情景が大魔王ソフィの前に広がり、剰えその時と瓜二つの状況が彼の脳内にフラッシュバックしたかと思えば、次の瞬間には気が付けば彼はそう口にしていたのだった。
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