第1745話 辿り着いた先に
ウガマ達はアコウと別れた後、イダラマを抱えたまま『コウエン』の居る『禁止区域』の入り口付近を目指してひた走っていた。
イダラマの選んだ護衛の退魔士達の張る『結界』が功を奏しているのか、それとも見逃されているだけなのかは分からないが、今のところは『禁止区域』に居る妖魔達に襲われる事もなく、無事にここまで来た道を戻る事が出来ているのだった。
「も、もう少しであの妖狐とコウエン様が居た場所付近です!」
退魔士の一人が振り返りながら、イダラマを抱えて走るウガマ達に向けてそう言葉を発した。
ここまで山の頂から一度も休む事なく山を下ってきていた為、全員の表情に疲労が色濃く残っていたが、その退魔士の言葉に幾分か救われたように、少しだけ笑みが見え始めるのだった。
――しかし、その笑みは長くは続かなかった。
人間達が『禁止区域』と定めた場所の入り口と呼べるところに、一人の人間が横たわっている姿が視界に映ったからである――。
そしてその人間こそが、この場に戻ってきたウガマ達が希望と考えていたその人であり、妖魔召士の『コウエン』なのであった。
「こ、コウエン殿……!?」
「ま、まさ……か、この僅かな時間であの前時代で名を馳せられた『四天王』の一角であった『コウエン』殿がやられたというのか!?」
「くっ……! 立ち止まっている余裕はないぞ! い、今も我々の背後からあの『妖魔神』が迫って来ているやもしれぬ! アコウが稼いでくれた時間を無駄にするわけにはいかぬ。コウエン殿には申し訳ないが、今は我々の安全を優先する! 此処にいつまでも立ち止まっていても仕方あるまい、急いでこのまま山を下りるのだ!!」
『結界』を張りながら先頭を走って移動を行っていた退魔士達が、口々に悲観めいた言葉を吐いていると、後からイダラマを背に抱えたウガマが追いつき、死体となったコウエンを一瞥した後すぐにそう叫ぶように言葉を発するのだった。
ウガマもコウエンを頼りに希望を持ってこの場に戻ってはきていた為、決して『残念だった』の一言で済ませない感情を抱いてはいたが、それでも今この場の決定権を持っている自分も同じように悲しんでいては、この場に居る者達も死なせてしまうと考えて、無理やり奮い立たせるように自他を鼓舞するようにやるべき事を強引に言葉にして発したのだった。
そしてウガマはこの場の主導権を握っている立場にあるという感情だけではなく、この場にまで逃れる時間を稼いでくれたアコウの決死の覚悟を無駄にさせたくないという気持ちが強く表面に出ていたのである。
――もう今頃はアコウもまた、生きてはいないだろう。
足止めを行う相手の『悟獄丸』という妖魔は、自分達のような『予備群』でどうにか出来る相手ではない。そしてそんな相手をたった一人で食い止める為に、アコウは命を捨てる覚悟を抱いて犠牲になってくれたのである。
本当であればその役目は自分だったのかもしれないのである。だが、あの口は悪いが本当は心優しい性格をしていたアコウは、ウガマが考える前に自分からあの場に残ると名乗り、そしてその恨みを抱かず、たった一言の文句さえ口にせず、自ずと役目を全うしようと覚悟を決めてくれたのである。
それもアコウはもう今生の別れになるだろうという事に気づいていて尚、自分にイダラマを託して笑顔すらも見せてくれたのである。
果たして自分がアコウの立場となっていたならば、あのようにアコウに託せただろうか?
――否、自分では絶対に恐怖心に呑まれてしまっていただろう。
それはこの場でコウエンの死体を目の当たりにしたウガマだからこそ、改めてそう思えたのだった。
(頼みの綱であったコウエン殿が死んでしまっていたというのであれば、もう仕方あるまい……。俺達はアコウやコウエン殿の分まで生き延びてやるのだ!! それがアコウから託された他でもない俺の最後の役目だ! 絶対に俺がイダラマ様を無事に山の麓まで送り届けるのだ! それまでは死なぬ、いや、この場に居る全員を死なせぬ!)
コウエンの死から再び決意を宿らせたウガマは、活きた目で周囲を見渡した後に再び口を開いた。
「さぁ、ここは危ない、早く山の麓へ急ぐっ……――!?」
――しかし、その時だった。
彼らが居る場所から少し離れた空の下、大勢の天狗達が空を泳ぐように移動を開始している姿を目の当たりにするのだった。
「お、お主ら、早く、や、山の岩場に隠れるのだっ!!」
ウガマの怒声が響き渡ると同時、退魔士達は慌てて岩場に隠れる為に移動を開始するのだった。
……
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