第1722話 そこに居た者は

 帝楽智が『天従十二将てんじゅうじゅうにしょう』とそんなやり取りを交わしていた頃、その滅多に現れない筈の人間達が、妖魔山の同じ中腹付近にある鬼人達の集落を目指して徐々に近づいていた。その人間達とは当然ソフィ達を伴って歩くシゲン達の事であった。


「もう少しで俺達の集落につくが、まずは俺が集落の外を見張っている連中に話をつけるから、その間は悪いが少しだけ外で待っていてもらいたい」


「構いません。しかし貴方が集落の者達に説明を行う間に、我々を監視しているこの連中が襲ってこないとも限りません。もし襲われた場合は抵抗しても構いませんね?」


「すまんな。普段は俺を見れば直ぐに殺気を消して近づいてくるような連中なのだが、どうやら奴らも今は気が立っているようだ。流石にここまで手を出してこない以上は大丈夫だと思いたいが、もし襲ってきたならば無力化してもらって構わない。ただ、出来れば殺さずにはいて欲しいのだが……」


 勝手な事を言うようですまないがと、百鬼も辛そうにミスズの尋ねてきた言葉に返答をするのだった。


「分かりました。我々だけであればそのように致す所存ですが、なにぶんこちらも色々な方が居ますしね」


 そう言ってミスズはちらりと、イツキの方を見るのであった。


「おいおい、俺より明らかにコイツの方がやべぇだろうが!」


 イツキは向けられたミスズの視線に対して、心外だとばかりにヌーの方を指差してそう口にするのだった。


「俺は分別はしっかりしてんだよ。てめぇみたいに自分の力量を弁えずに誰彼構わず襲うような真似をするかよ馬鹿が。そんな事いちいちしていたら話が進まねぇだろうが、こっちは色々ここまで我慢してきてんだからよ!」


 どうやらヌーもようやく『エヴィ』を見つける事が出来そうだと考えて、何を置いてもそれを優先しようと考え方が変わった様子だった。


「はっ! 片腹痛いな。お前の行動のどこに分別があるんだってんだ? 今こんな事言っていても、実際に襲われたらいの一番に消滅させようとするんだろうが! お前が一番この中で沸点が低いキ〇ガイ野郎なんだからよ!」


 イツキも流石に言われたままで納得が出来なかったようで、ここぞとばかりに言い返すのだった。


「言うじゃねぇか、クソ雑魚が。そうだな、分別をつけるにあたってまずはお前を消し炭にしてやろうか?」


「いい加減にしてください! 何度目ですか!」


 この妖魔山に入ってから幾度となく口喧嘩を行うヌーとイツキに対して、何度も何度もそれを仲裁してきたミスズもまた、我慢の限界だとばかりに声を荒げるのだった。


 場の雰囲気が険悪なのを見た百鬼は、本当に大丈夫だろうかと心配するような目をしていたが、それを見たソフィが彼に声を掛けるのだった。


「安心するがよい百鬼殿。ヌーの奴もああは言っているが、エヴィを優先しようと考えている事は確かだ。お主は手筈通りに見張りの者達に説明の方をよろしく頼むぞ」


「う、うむ……、そうか。で、ではまた進ませてもらうが構わないか?」


 後ろでまだ言い争いをしているイツキとヌーと、それを仲裁しようとしているミスズ達を見ながら、静かにソフィ達にそう告げる百鬼だった。


「うむ。気にせずに進んで……、むっ?」


 ソフィが百鬼に返事をしようとした瞬間、こちらに向かって何者かが複数歩いてくるのが見えた。


 そしてその場にいた全員がソフィと同じように、前から歩いてくる者達に視線を向けるのだった。


「何だ? いきなり襲い掛かってくるだろうと考えていたが、話し合いでもするつも……っ――、おい、ソフィ!」


 ヌーは前方から人影が現れた事で、イツキとのやり取りを中断してそう口にしていたが、その現れた連中の中に見覚えのある顔が見えた事で、慌てて言葉を切ってソフィに確認をするように声を掛けるのだった。


「むっ、あれは確か……」


 そしてそのヌーと同様に現れる者達の中に見知った顔が見えた事で、ソフィもヌーに頷きを返すのだった。


 ……

 ……

 ……


 時は少しだけ遡り、ソフィ達を監視していた鬼人の一人は、仲間達に応援を呼んでくるように頼まれて直ぐに鬼人たちが独自に使うルートを辿りながら最短で集落へと向かい始める。


 すでにイダラマ達が先に縄張りを通って山を登っていった為、普段よりも鬼人達は警戒心を強めており、畑仕事などを行っていた者達も今だけは臨戦態勢に努めている状態であった。


 現在の鬼人の集落には『殿鬼でんき』が長を務めていた頃のような強い戦士は居らず、その時代の者達の大半が集落を出たり、人間達の『式』となっている。


 それでも妖魔神である『悟獄丸ごごくまる』の威光や、かつての『三大妖魔』の一角として多くの種族と同盟を結んでいる事もあって、山の中腹に広大な縄張りを有していた。


 しかしその威光は妖魔には効果があっても、妖魔山には居ない人間達には意味を為さない。


「次から次へと……。今日は一体何の厄日だっていうんだ」


 応援を呼びに向かった鬼人は、あの自分達よりも強かった『百鬼なきり』が人間達の『式』にされていると思っている為、この事を集落に居る同胞達に伝えないといけない事に、いささか気が重いと感じている様子であった。

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