第1678話 面妖なる結界と、想像を絶する耐魔力

「てめぇ! 気でも触れやがったのか!?」


 悟獄丸は自分だけではなく、遠くの空でトドメを刺そうとしていた神斗に対しても妨害を行った七耶咫に、怒号をあげるのだった。


「悟獄丸、お前も理解しているだろう? 今あの青い髪の奴に神斗が攻撃を仕掛ければ、この山に居る者達は甚大な被害を被る。あれは『真鵺』以上の呪いに匹敵する。下手をすればこの山に生きる妖魔達に今後の生涯にまで影響をきたすぞ」


 この世界では『ことわり』や『魔法』というモノは存在しないが、それでもこの世界にも『呪い』は存在している。あくまで『魔』という概念からは逸脱している代物ではあるが、それでもその『魔』の概念に匹敵する程に厄介なものがこの世界では『呪い』と呼ばれている『呪法じゅほう』の類である。


 妖魔の中にもこの『呪い』を使う存在が多くいるが、人間達にとってはそのどの『呪い』も非常に厄介なものだと記憶している程であった。そしてそれは当然に同じ妖魔達も厄介だと感じているモノが多い。


 呪いには数多くの効力が存在しており、決して一括りに出来るものではなく、またその中でも顕著なものが『真鵺』と呼ばれる妖魔が用いる『呪い』であり、その効果もさることながら最も厄介なところは、解除に非常に労する事が挙げられる。


 真鵺は戦力値や魔力値などでいえば、そこまで高ランクの妖魔というわけではないのだが、それでも『妖魔召士』達は高ランクの妖魔と定めている。


 何故なら一度でも『真鵺』から呪いを受ける事があれば、いくらその真鵺を退治したところで呪いは現世に留まり続けて、やがては呪いを受けた者を死に至らしめるからであった。


 この世界に留まらず、呪いつまりは『呪法』と呼ばれるモノのその多くが、放った術者の生存に関係なく、その呪いの対象者に影響を与え続けるというモノなのである。


『呪法』があらゆる世界で未だに『魔』の概念に並ぶ程に恐れられているのには、この『呪い』に含まれてしまった、殺したい程の『恨み』や『憎しみ』という思念が、非常に強力な事が理由とされている。


 この世界でも『呪い』に関して解決策というものは特になく、一度呪いの思念に汚染してしまえば、耐魔力が続く限りに一生付き合っていかなければならない程である。


 まだ呪いを受けても不自由なく生活を送れるようなモノならば、そこまで問題視をせずともよいのだが、中にはある日突然に生命を脅かす事や、呪いを受けた者の子や孫に突如として発症する『呪い』も存在する。それも長い年月をかけて発症するような強力な呪いの場合、その効力も当然に恐ろしいモノが多いのだった。


「ああ、確かに『呪い』が面倒な事くらいは俺も分かるがな、それとこれとは話が別だ。お前は一体誰に何をしているつもりだよ?」


 悟獄丸はこめかみに青筋を浮かべたかと思うと、思いきり右手を『結界』に向けて振り切った。


 次の瞬間、想像を絶する程の衝突音が辺りに鳴り響いたかと思うと、その真四角の『結界』の至る箇所に亀裂が入り始めた。


「!?」


 どうやら七耶咫もこれには予想外の出来事だったようで、その場から一気に離れたかと思うと、何やら手印を結び始めるのだった。


 その印行の影響だろうか、今度は白色の光が真四角の『結界』の上に降り注いでいくと、悟獄丸の全身が脱力するような感覚を覚え始める。


「てめぇ……、? こんな芸当が妖狐のお前に出来るわけがねぇ」


 どうやら結界の張られた上空からの光の効果は、悟獄丸の『魔力』だけではなく、身体的なものにまで影響を及ぼしたようで、彼は倦怠感に包まれながら目の前の七尾の妖狐を睨みつけてそう口にするのだった。


「これは驚いたな。私のこの術を受けて尚、そのように平然と喋り続けられるのか。本来であれば即座に意識を失う筈なのだが……。これは急いだほうがよさそうだ」


 その目の前では悟獄丸が、倦怠感に包まれながらも何とか『結界』を割ろうと、再び腕を振り上げ始めた。


 予想以上の悟獄丸の耐魔力に、七耶咫は再び『青』と『金色』の二色の併用を行いながら、次々と加速するように手印を結んでいき、十を越える辺りで静かに形を気にするように結び終えた。


さん空動狭閑くうどうきょうかん」。


 次の瞬間、悟獄丸が真四角の『結界』を粉々に粉砕すると同時、その場から七耶咫の姿が忽然と消えるのであった。

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