第1630話 大魔王ソフィのはやる気持ち

 ユウゲが複雑そうな表情を浮かべ始めた頃、今まで黙って事の成り行きを見守っていた『鬼人』が立ち上がって口を開く。


「ミスズ殿、シゲン殿、約束を守ってくれて感謝する。それと『鬼人』の集落には俺に案内をさせてくれ。俺が居れば『鬼人』の同胞達にもまず襲われない筈だ」


「そうですね……。当然に『妖魔召士』である『エイジ』殿や『ゲンロク』殿と行動を共にして貴方がたの縄張りに入る以上、同じ『鬼人』である貴方が居なければ戦闘になる事は間違いないでしょうし。貴方に案内をお願い致します」


『鬼人』の突然の提案の言葉だったが、ミスズは直ぐにその提案を受け入れる。どうやら『ユウゲ』がある程度優れている『退魔士』とは理解している上でミスズは、イツキの言葉の全てを鵜呑みにして本気で妖魔山の案内を頼もうと考えていたわけではなかったようである。


「ああ、任せてくれ!」


『鬼人』の言葉に頷くミスズだが、そこで何かに気付くような表情を見せた。


「そういえば、まだ貴方のお名前を伺ってはいませんでしたね。差し支えなければ教えて頂けますか?」


「むっ、そういえば、まだ名乗っていなかったか? すまなかった、俺の名は『百鬼なきり』という」


「『百鬼なきり』殿ですか。教えて頂き感謝します。それではまずは百鬼殿の同胞を探しに『鬼人』達の集落に向かう事にしましょうか。当然ながら皆様には、百鬼殿の同胞の鬼人達に、こちらから攻撃をする事のないようにお願いします」


 ミスズの言葉に全員が頷いて見せるのだった。


「すまないな、だが同胞達も俺を見ればまず攻撃はしてこない筈だ。直ぐに事情を説明するからよろしく頼む!」


 そう言って百鬼は皆に頭を下げるのだった。


 静かにミスズは百鬼の言葉に頷くと、次にソフィの方に視線を向けた。


「そしてソフィ殿がお探しのエヴィ殿の事ですが、こちらはすでに数日前の時点で『コウヒョウ』の町でイダラマ殿達と共に居たことが確認されて報告されています。今はもう『妖魔山』の中で間違いないでしょう」


「うむ。そこまで居場所が分かっておるのだ。先に動忍鬼どうにんきが集落とやらに戻っていないかどうか、それを確かめてからでも追うのは遅くはあるまい」


 そのソフィの言葉は、先に百鬼殿の同胞の捜索を優先してもらって構わないと、暗にミスズ達に伝える意味合いが込められていた。


「ありがとうございます、ソフィ殿。それでは此度の『妖魔山』の調査に於いて、まずは『百鬼』殿の集落を探しに行く事と致しまして、次に『妖魔山』の道中の調査と並行しながら『エヴィ』殿の捜索を行いつつ『禁止区域』を目指すという方向で向かいたいと思います。何か意見やご質問などはございますでしょうか?」


 今回の『妖魔山』の調査の全貌と目標を告げた後、ミスズはそう言って部屋に居る者達を見渡すのだった。


 どうやら反対の意を唱える者は居ないようで、全員が納得した表情を浮かべていた。


「――それでは、総長」


「うむ。今回の調査の目標は先程ミスズが口にした通りだ。我々の最終目的の『禁止区域』の調査も当然に満足の行く結果を目指すが、あくまで身を守る事を最優先に考えてくれ。以上だ」


 総長シゲンが会議の結びの言葉を発すると、ミスズ達『妖魔退魔師』は立ち上がって敬礼するのだった。


「ふっ、ようやっとこれで『天衣無縫エヴィ』の野郎を探しに行けるな。全く長かったモノだぜ……」


 ヌーはそう言って顔を上げると、天井を見ながら大きく息を吐くのだった。


 ソフィはそのヌーの言葉を聴いて、静かに笑みを浮かべた。


 本当にこの世界に来てから多くの事があり、ソフィもまた今回はヌーの言葉に、素直に共感するのだった。


(しかし本当にこやつは変わったモノだ。当初は契約の為に仕方なくだったのかもしれないが、この世界に訪れた時のこやつと、今ではまさに別人のように感じられる)


 今でも愚痴を言うところは変わってはいないが、口では嫌そうに言いながらも実際はそこまで面倒がっている様子もなく、当然のようにソフィと行動を共にしている。


 この世界に来る前の大魔王ヌーであれば、これだけの日数を共にするまでもなく、さっさと契約を破棄していた事だろう。


 色々な経験と気に入っている『テア』の存在が、彼を少しずつ変えていったのは間違いない。


 ――そして彼が変わったのは内面だけではなく、戦いにおける強さもこの世界に来るまでとは、全く比べ物にならない。


 この世界に来るまでの彼は、精々が戦力値2000億程の『大魔王』領域であった。


 だが、今の彼は少なくとも『魔神級』と呼ばれる領域の中でも更に深い場所に居る。


 そして『上』や『頂』の存在を認識した上で『諦観』などの不純物も混ざってはおらず、自分の強さに慢心さも見られない。


(文句の付け所のない成長過程だ。ああ、こやつがもし我の配下であったのならば、間違いなく『契約の紋章』を渡していただろうな)


 彼が認めた者にしか渡さない『契約の紋章』を、ヌーに渡すところを想像してしまったソフィは静かに笑うのだった。


 そしてこの時にヌーに対して芽生えた、ソフィの『期待』という感情は決して小さいものではなく、内に眠る『大魔王』としての彼の本質、そしてその『自我』が少しずつ彼を動かそうと心の中で動き始めていた。


 ――大魔王ソフィは自身の感情を正しく理解しつつ、思い描いた幻想が現実になるその時を、今か今かと待ち受けるのであった。

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