第1627話 イバキの誠実な気持ち
「だからよ、イバキはそんな酷い人間じゃないんだよ! 最近戻ってきたお前には分からないだろうが、イバキは本当によく働いてくれてるし、今日だって息子の面倒を見てくれていたんだ! そんな話をイバキの前でするつもりでここにきたのなら帰ってくれ!」
「アンタは騙されてるんだよ! 奴ら『妖魔召士』達に無理やり『式』にされていた私が言っているのよ!?」
「だから何度も言っているだろう! イバキはそんな連中とは違うんだってば!」
(妖魔召士に『式』にされていただって? ん……、よく見るとあの『鬼人』は確か、タクシンさんが『式』にしていた『鬼人』じゃないか?)
世話になっている家の庭先からこっそりと話を盗み聞きしていたイバキは、その会話の中に『妖魔召士』という言葉が出てきたことで、思わず身を乗り出してしまうのだった。
そしてその瞬間に、イバキの気配を直ぐに感じ取った『
「あ……」
「え? あ! あ、あんたは……!」
そしてその瞬間に、頭に一本角のある女の鬼人『動忍鬼』に、その姿を見られてしまうイバキだった。
……
……
……
イバキが『動忍鬼』に見つかった事で詳しい話をする事になり、隣の家に住む『鬼人』に家の中に招待されてお邪魔する事となった。
「まさか、集落に居る人間ってのが貴方の事だったとは思わなかった」
それがイバキが家の中に案内された後、開口一番に喋った『動忍鬼』の言葉だった。
「俺の方こそ驚いたよ。まさか君がここに居る何て今の今まで気付かなかった」
イバキが劉鷺に救われるカタチでこの集落に運び込まれてから数日が経つが、本当に今の今まで『動忍鬼』とは顔をあわせたことがなかったのである。
「ええ……。この集落に戻ってきたのは最近の事だし、長老や同胞の皆にまだ『妖魔召士』達の術で操られているんじゃないかって怪しまれて、様子を見る為に昨日まで集落のはなれに隔離されていたからね」
「そうだったのか……。そんな事全然俺には聞かされてなかったから、全く君が居たなんて知らなかったよ」
動忍鬼は『妖魔召士』となった『人間』を憎いんでいるが、この目の前に居るイバキだけは例外といっていい程には嫌ってはいなかった。
強引に『妖魔』を『式』にして奴隷のように扱う『
どうやらあの『退魔組』に居た『
そのまま話し合いは続いていき、やがてはどちらかが折れたというわけでもなく、自然に和解……というか、一方的に動忍鬼が角を立てていたのだが、その人間の相手というのがイバキという事で、動忍鬼は何とか落ち着きを取り戻したようであった。
そして互いにこれまでこの集落に来るまでにあった事を伝え合う。そこでも両者にとっての驚きがあった。それは動忍鬼を『退魔士』の『式』から解放してくれた『ソフィ』と『ヌー』という魔族達の事を両者ともが知っていたからである。
「ソフィさんのおかげで今の私が居る。あの『タクシン』って男を直接倒したのは、もう一人のヌーっていう男みたいだけど、自由の身になった私を本当の意味で救ってくれたのはソフィさんだから。もしあの御方が居なかったら今ここに私が戻ることもなく、貴方達の町に襲撃に行って返り討ちにあって死んでいたと思う」
(そうか、あの時のケイノトの食堂で出会った彼らは、確かにただ人を探してサカダイの町からきたにしては俺達退魔士を見る目が少し変わっていた。あの時の俺達退魔士を見る目が変だったのには、こういう背景があったからなのか。あの時から彼らは俺が思っていたよりも根深いところに踏み込んでいたんだな)
ある程度の事情を動忍鬼の言葉から察したイバキであった。
「そうだったのか……。本当に君を長い間、拘束させてすまなかった」
「えっ……! な、何で貴方が私に謝罪するのよ」
「タクシンさんが君や他の『妖魔』を禁術で無理に『式』契約を施していると知っていて、俺には何も出来なかったからだよ……。でもどうしても俺には町の人を助けるために『退魔組』っていう場所が必要で、退魔組の退魔士っていう立場を重要視していたんだ。本当に、すまなかったと思っている」
そう言って再びイバキは『鬼人』の『動忍鬼』に、深々と頭を下げて謝罪を行うのだった。
「も、もういいよ! ソフィさんのおかげで無事に解放されたし、それに……、もう故郷に戻ろうと決心した時に色々と気持ちも吹っ切れたしね」
動忍鬼はそう言うと同時、空を見上げながら小さく息を吐いた。
どうやらその言葉通り、本当に彼女は気持ちと感情に一区切りがつけられたのだと、イバキは彼女の大人びたその表情を見て理解した。
――そして自分の妹と同じ年代に見えるこんなにも幼い彼女が、こんな表情を見せた事にどれだけの苦労と、長い間誰にも相談出来ずに堪えてきたのかと考えて、イバキは目頭を熱くさせたのだった。
「お、俺に出来る事があれば何でも言ってくれ! いつでも頼ってくれて構わないから! 俺が何でもしてやるからな!」
いつの間にかイバキは目の前の彼女を妹に重ねてしまったようで、動忍鬼の手を取りながら強く握りしめてそう口にしてしまうのだった。
「は、はぁっ!?」
動忍鬼は突然のイバキの行動に驚きの声をあげる。
しかし涙を滲ませている彼の目を見た動忍鬼は、イバキの誠実さが身に染みて伝わってきてしまい、握りしめられた手を最後まで振り払う事が出来なかった――。
……
……
……
そしてイバキを信ずるに値する人間と判断した動忍鬼は、集落の誰よりもイバキと行動を共にするようになり、イバキもまたそんな動忍鬼を妹のように接して可愛がるようになった。そんな彼らを劉鷺や、他の集落の鬼人達も温かく二人を見守り続けた。
――その光景はまるで『妖魔召士』と『妖魔』の結びつきを示す在るべき本当の姿と呼べるものであり、イバキは『妖魔召士』ではないが、かつて『サイヨウ』が説いていた『妖魔召士』の本懐というモノをこうして如実に表して見せたのだった。
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