第1294話 助けられた命での恩返し

 キョウカはヒサトに抱き抱えられながら、視線の先に居るチジクの背中を見続けることしかできなかった。


 先程彼女が居た場所で『チジク』は『瑠璃るり』のオーラに包まれた得の刀で、迫りくる木々をキョウカに向かわせないように食い止め続けている。


 最初に向かってきた木と同様に切先で木の根本を掬い上げながら、器用にまともに喰らわないようにと矛先を僅かにずらして自身も見事に躱しきってみせていた。


 どうやら『王連』の『魔力』に覆われたあの木々は、妖魔退魔師『チジク』が『瑠璃』を纏っているあの状態であれば、すぐさま『魔力圧』に圧し潰されるということもなく、ある程度は捌く事は出来るようである。


 しかしそれでも真っ二つに切断することが出来るというわけではなく、自分の身体を貫かせないように、そしてキョウカ達の居る方向へ向かわせないように矛先をある程度変える事が出来るというところまでが精々といった様子だろうか。


 そしてその木々は連続で発射される速射砲のように、まだまだチジクに向かっていく。これがまだ数本程度であったならば、今の妖魔退魔師『チジク』の力量と技量であれば耐え忍ぶことが出来ていたであろう。


 だが、どうやらその『チジク』が何とか出来る許容量を上回る木々の数に加えて、もうここまで『生命』を『魔力』代わりに絞り出して耐えてきた彼には、王連の『魔力』に逆らうだけの『総力』は残されていなかった――。


 最初の数本の時は、自身の得の刀の切先で木々の向きを正確に向きを変えられていたが、どうやら集中力が無くなってきたのか、はたまた『瑠璃』を覆うだけの魔力が消耗して王連の『魔力』に相対するだけの維持力がなくなってしまったのか、狙い通りに捌き切れずに徐々に彼は刀で変える方向を制御出来なくなっていく。


 それでも何とかまだ必死にキョウカを抱えるヒサトが背後を走っていることを理解しているチジクは、自分の身体を使って無理やり体当たりをしたりして、後ろへは絶対に逸らせないという気概をもって立ち塞がっていた。


 ――そして……。


 もう何本目か分からない彼に向かって来る木々の一本に、遂に彼の持つ刀は弾かれてしまった。そして得物が無くなった彼自身を覆う『瑠璃』が『天色』へとなったかと思えば、遂には『淡い青』から『通常状態』へと戻って行く。


 完全に生身の防御力となったチジクだが、そんな彼に向かってまだまだ『紫色』に覆われた木々が突っ込んでくる。


「うおおおおっっ!!」


 持っている刀がなくなり、もう向きを変えたりすることが出来なくなった彼は必死に大声をあげながら、木々に向かって前へ突っ込んでいく。


 王連の力が働いて動いている木々は『熱』に反応しているか、検証を行わなければ詳しくは分からないが、残りの木々も全てがキョウカの居た場所の前で立ち塞がっているチジクに全弾向かって来るのであった。


(あなたに助けてもらった命を、あなたのために使えたことを神に感謝します。どうかご武運を『キョウカ』さま!)


 チジクが最後にそう呟いた瞬間、向かってきたその木々はチジクのドテっ腹を貫き、他にも首や足をあっさりと吹き飛ばしていった……。


 チジクが絶命したことが関係しているのか、それとも浮いていた最後の木々がチジクの元に到達したことが関係しているのか、そこまでは分からないが、チジクが物言わぬ骸となった瞬間に王連の『魔力』で覆われていた木々はその全てが動きを止めて、森中が轟く程の大きな音を立てながら地面に倒れて行った。


「ち、チジク!!」


「きょ、キョウカ組長!?」


 『王連』の神通力が解けたのか動けるようになったキョウカは、自分の声が発声されたと同時にヒサトに抱き抱えられていた手から飛び降りたかと思うと、そのまま今走って来た道を恐ろしい速度で引き返していくのだった。


 そして彼女は血だまりの中で、四肢がちぎれてもう人間の原型を留めていない大事な隊士の姿を見つけるのだった――。


「ち、チジク……? チジク!!!」


 キョウカは血だまりの中へ入ると、慌ててチジクの残っている身体を胸に抱き寄せた。


「う、うわあああっっ!!」


 キョウカは片目しかない目から大粒の涙を流しながら絶叫とよべる声を轟かせる。


 ――その声は森中に響き渡る程であった。

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