第1283話 三組組長キョウカVS王連

「長年お主ら妖魔退魔師達とも戦ってきた儂だが、お主のように空の上でも地上と変わらぬ攻撃を行える者とまみえるのはほんに久しいことだ」


 再び刀を拾い直したキョウカが戦闘態勢に入ったのを確認した『王連』は、どこか遠い目をして過去を思い出しながらキョウカにそう言って聞かせるのであった。


「過去の妖魔退魔師のことなんて私はよく知らないけれど、空の上で戦うくらいならば今の妖魔退魔師の間では、そう珍しいことではないわよ?」


 キョウカの言葉に王連は何かを考えるように目を細めた。


「お主程の力量を持つ者であっても、妖魔退魔師とやらの組織で一番上ではないことや、お主の後ろに居る男や、その前に戦った儂の大事な背中の羽を裂いてくれた男も侮れぬ力を持っておった。まんざら嘘というわけではなさそうだな」


 天狗の王連にとっては『山』から下りて来る前と、今の世ではそんなに時間が経っているようには感じられないが、そんな僅かな期間であっても自分の中の妖魔退魔師という者達の認識の齟齬が生じていることを否めず、やはり人間という『種』は、興味深く面白い存在だと『王連』は再度の認識をするのであった。


「ふーむ。お主が空の上でまともにやり合えるとは思っていなかったのでな。少しばかり計算は狂ってしまった。それならば儂も本気でお主ら現代の妖魔退魔師とやり合う準備をせねばなるまいて……」


 そう告げた瞬間の王連の目を見た『キョウカ』は、少しだけ自分の刀を持つ手が震えた。


(これは武者震いかしら? それとも純粋な恐怖? この私が……?)


 キョウカは妖魔退魔師になってから一度として、妖魔に対しては明確な恐怖を覚えたことが無かったが、そんな彼女は今の王連から感じられる重圧に、気が付けば僅かに一歩後退ったのを自覚するのだった。


 そして王連の放つ重圧を感じていたのはキョウカだけではなく、背後でキョウカ達の戦闘を見守っていた副組長の『ヒサト』にも感じられていたのだった。


(ば、化け物だ……! あの妖魔は俺達と戦っているときでさえ、本気ではなかったのか……!)


「行くぞ、妖魔退魔師!」


 ギロリと目が動いたかと思うと王連は、その場から一瞬の内に『風』を纏わせて一気にキョウカに向かって来るのだった。


(この私が恐怖を感じるですって? ふふっ……。それは有り得ないわね)


 キョウカは先程抱いた感情を強引に無視すると、目の前から迫って来る王連に対応をしようと試みる。


 王連はキョウカに向かいながらも煌々と、周囲を光照らしているその羽団扇を前方に向けて振り切ると、再び突風が吹き荒れるのだった。


「全く……、何度も何度も同じ手を使うのは芸がないわよ?」


 キョウカは風を飛び越えるようにして前方へ大きく跳躍をすると、その風の後ろから真っすぐにこちらに向かってきている王連本人に刀を向けて斬りつけようとする。


「――」


「……えっ!」


 しかしその瞬間に王連が何かを呟くと、跳躍中だったキョウカの身体が空中でピタリと動きを止めて、そのまま地に落ちて行ってしまい迫りくる王連の放った『風』に巻き込まれながら、キョウカは後ろへ思いきり吹き飛ばされて森の木に思いきりぶつかった。


「キョウカ組長!?」


 ヒサトは慌ててキョウカの名を呼びながら彼女の元へ走って行く。


「くっ……!?」


 吹き飛ばされて木にぶつけられて地面に倒れ伏したキョウカは、何とか地面から体を起こして目の前に迫って来る『王連』に視線を向ける。


「カッカッカ! まだ儂の攻撃は終わってはおらぬぞ!!」


 そして再び大太刀を構え直すと迫りくる王連に『後の先』を仕掛けようとキョウカは、相手が射程内に入るのを待っていたが、その射程の外側から更に王連は何かを呟き始める。


「――」


 今度は先程より短い言葉のようだったが、依然何を言っているかキョウカには聴き取れない。


 そしてその呟きの後にまたもやキョウカは身体が鉛のように動かなくなる。今度は先程のような何をしても動けないというモノではなく、重力の負荷が大きくかかっているような感覚で、無理をすれば少しは動けるような状態であった。


 しかしそれでもいつものように動けない以上は、先程の状態とさして変わらなかった。


「くっ、何なのよこれ……!」


 そして今度こそ王連はキョウカの射程内に入って来たのだが、キョウカは『後の先』を狙うどころか、刀をまともに振れさえ出来なかった。


「カッカッカ!」


 そして遠くから空を飛んで反動をつけた王連の全体重を乗せられた右拳が、思いきりキョウカの顔を殴り飛ばした。


 キョウカは自分の思い通りに身体が動かせない状態のまま、王連に殴り飛ばされて再び森の中を吹き飛ばされてしまうのだった。


(こ、今度は一度目とは違い、二度目はあいつの目を見ていたわけじゃなかった! そ、それでも身体が動かなくなったという事は、妖魔召士達が使っている魔瞳とは全くの別物ということかしら……?)


 キョウカは王連に殴られて宙を舞うように飛ばされていきながら、王連の技法の秘密を探るように思考する。


 どうやら王連が何かを呟くことで、キョウカの身体を動けなくされているということは間違いはないのだろうが、それはどういう仕組みなのかが分からない。


 妖魔召士達の『魔瞳』のように相手の目を直接見ることや『魔力』の波が迫って来ているといった様子でもなく、奴が呟いた瞬間にもう効力が何らかの作用で発揮されて瞬時に動きを止められてしまうのである。


 流石に何の対抗策も取れないような相手と戦った事は、これまでの長い妖魔退魔師としての経験を持つキョウカであってもなかった。


 一体どうすればいいのかとキョウカは軽く苛立つが、やがてぶつかるであろう大きな木が迫ってくるのを確認して、首を思いきり捻りながら宙の上で態勢を強引に変える。


 今度は木にぶつけられることもなく、見事に迫って来る木を足で蹴り上がりながらキョウカは、そのまま思いきり空高く舞って木の上の枝に着地するのだった。


 ……

 ……

 ……

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