第1276話 キョウカ組長、直伝の極意

 地上の森の中を駆けまわりながら残された魔力で最大級の一撃を王連に見舞ってやろうと機を窺うヒサトと、そうせざるを得ない状況に誘導して空を飛翔しながら追いかける王連。


 互いに思惑を抱きながらその時を待つ――。


 空から羽団扇で森に向けて突風を巻き起こしながら王連は、ヒサトの走る先に大きな木が立っているのを視界に捉えた。


(あれだ。奴は必ずあの大きな木の高い場所にある枝を利用して、あの小童のように儂のところに飛んでくるはずだ。そしてその時こそが奴の最後じゃ!)


 そして王連のその考え通りにヒサトは行動を続けていき、やがて周りに比べて一際高いその木を思いきり蹴り上がると、器用に枝を渡りながら木のてっぺん付近を駆けあがって行く。


 ヒサトの狙いは王連の読み通りにこの木の高さを利用して飛ぶことで、ちょうど届く範囲の空の上で先程から好き勝手に風を巻き起こしている王連を突き上げの一撃で地に落としてやろうというモノであった。


 …………


(馬鹿め! お主ら妖魔退魔師の攻速の鋭さは昔から存じているが、それでも自在に空を飛ぶことのできる儂にはその速度でも決して追いつけぬ! 届かぬギリギリまで引き付けて奴に攻撃をさせて、無防備となって落ちて行く瞬間を狙って儂の全力を見舞ってくれるわっ!)


 王連は『山』で何度も妖魔退魔師と戦ってきた経験と、その度に勝利をモノにしてこれたという自負がある。だからこそ妖魔退魔師の出来ることが、どれ程までかというある種『妖魔退魔師』に対する『是非』の見定めに定評があった。


 だが、あくまでそれは一介の『妖魔退魔師』に対しての評価価値であり『キョウカ』の直属の部下である『ヒサト』という妖魔退魔師の付加価値までは『』が追いつかなかった――。


 ――妖魔退魔師の『三組』の副組長は、単なる組織の序列では推し量れない曲者である。


 一際高い木の更に最上付近まで助走をつけた状態で駆け上がっていき、その木から飛んでギリギリ届くかという空の上に居る王連に向けて跳躍を――、せずに、そのまま腰刀と呼ばれる短い小太刀程の長さの得を空に居る王連に投げつけたのであった。


「何!?」


 高い木に助走をつけて駆け上って行くところまでは読み通りであった王連だが、そのまま木を蹴った反動でこちらに向かって来ると思われた『ヒサト』の姿は無く、代わりに自分に向けて短刀が飛んでくるのであった。


「こ、小賢しいわ!」


 一直線に飛んでくるヒサトの投擲された腰刀を躱すと王連は、そのままヒサトの居る木に向けて突風を巻き起こそうと視線を送るが、既に木の枝に足をかけていた筈のヒサトの姿は無かった――。


「何処へ行った!?」


 そして近くで何かが風を切るような音が聞こえたかと思うと、先程躱した腰刀とは別の小太刀が見当違いの方向に向かって飛んで行くのが見えた。


(な、何だあれは?)


 一本目の投擲を囮に二本目の投擲で王連を狙うというのであればまだ分かるが、全く関係のない場所に向かって飛んで行く腰刀に意味が分からず呆然としていると、その王連の頭上に迫る何者かの気配を感じて王連は顔をあげて頭上を見る。


「な、何ぃ!?」


 空を飛べない筈の人間であるヒサトが、いつの間にか王連の頭上高く舞い上がっており、そして彼に向けて『瑠璃』のくっきりとした『青』を纏った得物の刀で、真っすぐに刺突をするように構えて落ちてきていた。


 王連はまず驚きが先にきたが、直ぐにその覆う『瑠璃』の色が覆われた刀の魔力と殺傷力の規模を理解して、慌てて羽団扇に『魔力』をこめながら自分中心に突風を巻き起こした。


「もう何をしようと、この距離では遅いぞ王連!」


 ――『射突如月いとつきさらぎ』。


「ぐっ……、ぐぬぅっ!!」


 しかし巻き起こした風の中心に居たおかげで、少しだけ王連の体が僅かに横へとずらされていき、王連は必死に首を捻りながら、脳天を貫通しようと迫って来ていたヒサトの刀の切先を肩口へ流す事に成功する。


 ずばばばばっとヒサトの全体重が乗った得の刀は、肩口から王連の腕の皮膚を裂きながら落ちて行くが、何とか紙一重ではあるが、脳天が貫かれて絶命を防ぐことには成功するのだった。


「こ、小童が……! ちょ、調子に乗りおって!!!」


 既にケイノトの門前での一戦で大きく体力を消耗していたヒサトは、最後の魔力も潰えて得を包んでいた『瑠璃』も消えて落ちていく。


 激昂する王連は肩から腕にかけて発する激痛に堪えながら、地面に向かって重力に逆らわずに落ちて行くヒサトに向けて、膨大な魔力が込められた羽団扇を傷を負っていない方の腕で振り切るのだった。


(ここまでか……)


 最後に王連に向けて決して浅くはない傷を残せたと判断したヒサトは、諦観の言葉と共にではあるが、確かな達成感に包まれて満足そうに笑みを浮かべるのであった。


 ……

 ……

 ……

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