第1262話 仲間の為に

「ヒノエ組長」


 思い詰めた表情を浮かべるヒノエ組長を見た『一組』の部下達は、自分の組長のあまりの様子に声を掛けずにはいられなかったようである。


「……」


 ヒノエは左手で自分の顔を覆ったままで、心配するなとばかりに空いているもう片方の手を軽く部下達の前に出した。


 旅籠町の予備群の男は、妖魔退魔師の組長とその組員達のやり取りを見て、意を決したかのように口を開いた。


「コウゾウ隊長は長年、この旅籠町や周辺地域を悩ませていた人攫いや犯罪を行う集団の存在と居場所を突き止められて、そして見事に全員捕縛する事が出来た後、我々にこう言っていたんです……」


 突然に続きを話し始めた予備群の男の声にヒノエは、自身の顔を覆う手の隙間から男の顔を窺うように見る。


「こ、これでやっと自分の我儘を聞いてくれていたミスズ副総長に恩を返せるって……。これからは待っていてくれていた分、一生懸命にミスズ様の元で恩を返したいって……。隊長はそう言った後に、この旅籠町はシグレ様や俺達に任せるって笑って言っていました。そんな矢先だったんです! あの妖魔召士達が現れたのは……!」


 色々と思い出してこみ上げてきたのだろう。予備群の男は説明の後半から涙声になりながら、そう『ヒノエ』達に言って聞かせるのだった。 


 その言葉を聞いたヒノエは再び顔を隠すように手で覆うと、数秒程その手を震わせていたが、その後に唐突に口を開いた。


「そうかよ。コウゾウはミスズ副総長の元で恩返しをするって言ってやがったか!」


 ヒノエはそう言った後に両手で自分の目を拭うと、こっそりと涙を流していた痕跡を消し始めた。


「だったらよ? アイツは『特務』所属の退だって事だよな? その仲間が副総長に恩返しをしたいんだったら、それを手助けするのが仲間ってモノだ!」


 そう言ってヒノエは鞘に入れたままの刀を支えにして、勢いよくその場から立ち上がった。


「く、組長?」


「この屯所の地下にはまだ、コウゾウ達が捕縛したっていう『煌鴟梟こうしきょう』とかいう犯罪集団の連中を閉じ込めているんだろう? 悪いんだけどよ、そいつらのところに私を案内してくれないか?」


「わ、分かりました。も、もちろん構いませんよ……」


 ヒノエは少し涙声が残っていて、慌てて手で鼻をすするのだった。


 先程まで話をしていた広間から出て直ぐの場所に、その地下へと続く隠し床があった。最近は頻繁に使う事も多くなったと思いながらも予備群の護衛隊達は、その隠し床を開いて備え付けの収納梯子を下ろすとヒノエ達を地下の座敷牢の元へ案内するのだった。


 …………


 壊滅した煌鴟梟の残党を捕縛している座敷牢は、この地下の奥の方だと教えられたヒノエだが、その部屋に向かう道中で気になる場所を見つけて立ち止まった。


「……ん? この場所で火災でもあったのか?」


 その場所とは『ヒュウガ一派』も気にかけて足を止めた場所であり、ヌーがテアに手を掛けようとした連中を魔法で処刑を行った場所であった。


「ま、まぁそんなところです」


(火災というか、人災というべきか……)


「お前らの屯所の事だからアレコレいうつもりは無いが、火の元は十分に気をつけろよ?」


「は、はい……、すみません」


 護衛隊の男がどこか顔を引きつらせているのを見てヒノエは首を傾げたが、男からはそれ以上は特に何も無い様子だったので彼女はそれ以上は口にせず、放っておく事にするのだった。


 そしてその部屋だった残骸の前を通り過ぎて更に奥へと進んでいくと、目当ての場所はそこにあった。


「ここに煌鴟梟の連中を閉じ込めています」


 地下の座敷牢の中でも一際大きな部屋の前を案内されると、ヒノエはその場所の通りの奥側を見る。


「……あそこは?」


「向こうは……、その……。妖魔召士達を捕縛して入れていた場所でしたが、今は使われておりません」


 少し言い淀んだ様子で説明をする男の態度から、妖魔召士達が居た場所と言われた事でヒノエは直ぐに事情を察した。


「先に少しこちらを見ても構わないか?」


「えっ? は、はい……」


 男は少したじろぐ様子を見せたが、直ぐにヒノエに言われた通りにその部屋の扉を開けるのだった。


 その部屋の規模は『煌鴟梟』達の居る部屋よりも狭く、ここに来るまでにあった通りの部屋と変わらない広さだった。ヒノエはその部屋の中へ足を踏み入れると同時に周囲を見渡したが、やがて奥の方へと歩いて行ったかと思うと、とある場所で足を止めた。


 ――そこはかつてコウゾウが首を刎ねられて、体だけが残されていた場所であった。


 その場所は血痕なども拭き取られており、一見何も分からないように思える場所だったが、何故かヒノエにはここでコウゾウが殺められた場所なのだろうと思えたのだった。何故ここに立ち寄ろうと思ったのか、そして何故この場所で立ち止まったのか、それは彼女自身よく分からなかったが、ここに来なければ行けなかったように感じて、気が付けばこの場所に居たのであった。


「安心しろよ、コウゾウ。私達が……、お前の事を仲間だと思っていた者達が、絶対にお前の仇をとってやるからよ。だから後の事は心配するな。安心して逝けよコウゾウ」


 彼女は霊の存在などは一切信じていなかったが、地下に降りて来た時から急にココへ来なければ行けないと考えた。何故そう思ったのか本当に分からないヒノエではあったが、もしコウゾウが彼女をここに呼び寄せたのだとしたら、それに応えてやるのが仲間ってものだろうとヒノエは考えた。


 そして気が付けば彼女が真に思っている事を包み隠さず口に出して、目の前にもしコウゾウが居たら同じことを言っていただろう言葉を投げかけたのであった。


 じっとコウゾウの最後の場所を見ていたヒノエだったが、やがて踵を返して予備群の護衛隊や、自分の組の隊士達の待つ入り口へと歩いて行った。


「すまない、待たせたな。煌鴟梟の元へ案内してくれ」


「はい……。その、ありがとうございます!」


 突然、予備群の男はそう言ってヒノエに向かって頭を下げてくるのだった。


「……ああ」


 礼を告げた男や他の隊士達が部屋から出て行った後、最後に残ったヒノエはもう一度だけ部屋の中を見渡して、そしてその部屋を出ようとした。


 その瞬間、彼女が腰に差している刀がいつもより少しだけ重く感じられた。気のせいだろうと彼女は思ったが、それでもその場所から二歩程歩いた先、唐突に彼女は足を止めた――。


「ふっ、人に任せるのは性に合わないってか? 仕方ねぇな……、連れて行ってやるよ」


 ヒノエは得の刀を擦る様に手を充てた後、笑みを浮かべてそう独り言ちるのだった――。


 ……

 ……

 ……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る