第1186話 副総長ミスズの思う、大魔王ソフィという存在

「ヌーよ『三色併用』を完全に自分のモノにしたようだが、その状態となったお主に聞いておきたい事がある」


「何だよ」


 ヌーはオーラを纏い『結界』に手を出そうと考えていた所にソフィに話し掛けられて、ゆっくりと振り返ってソフィの顔を見ながら何が聞きたいんだと煩わしそうに口を開いた。


「クックック、集中をしているところすまぬな? しかしその状態で自らのオーラから意識を逸らして他者に意識を向ける事も重要な事だ。そのままオーラを維持したままで我の質問に答えよ」


「ちっ、それで?」


 この『三色の併用』状態に慣れていなければ、ただ纏ってじっとしているだけであっても相当に身体に負荷がかかる。


 『二色の併用』でさえ『魔力』の精密なコントロールで同時に展開していたのだが、それが二つから三つになるという事は、三つ分のオーラを同時に展開し、その三つ分の『魔力』を均等に分けながら、一つに集めながら反発を行わなせないように、一つに混ぜ合わている状態の為、必死に集中をしていなければならない。


 どうやら『三色の併用』を行っているこのタイミングを見計らって、ソフィはわざと声を掛けてきたのだと察したヌーは、その意図を理解しながらもソフィの聞きたい事が気に掛かる様子であった。


「今その状態となっているお主に聞くが、未だに何でも出来る気がするという気持ちを有しておるか?」


「……」


 ヌーは内心でソフィの告げる言葉は『結界』を壊せると思うか。という質問の類を聞かれると思っていた。しかし実際に問われた言葉は想像の埒外であった為に、返答に窮する事となった。


(私は今のヌー殿のオーラの技法や、そのオーラを維持する為の技術等、どれ程に難しい事を行っているかは分かりませんが、今言葉に出したソフィ殿の質問の意図は私には分かります)


 直ぐに返答を行わないヌーと、何かを期待するようなソフィの視線を傍で観察していたミスズは、この状況下では内心で非常に嬉しく思っていて、必死にそれを表情に出さないように手を口元に持っていき隠しながら心で笑っていた。


「てめぇの質問の意図は分からねぇが……。この『力』を得た時と同じく『万能感』は変わらず抱いている。いや、あの頃よりもむしろ今の方がずっとずっとその思いは高まっていやがるな」


 そう言って鋭利な笑みを浮かべながら、ヌーは右手をぎゅっと握りしめる。その瞬間に『柘榴色』に輝く鮮明な『紅』のオーラがより一層光を増したかのように感じられた。


「く、くく……! そうかそうか。それは何よりだ」


「あ? 何がだよ、何を笑っていやがる……。全くコイツは本当にワケわかんねぇ野郎だぜ」


 ソフィの質問の意図が最後まで分からず、要領を得ないとばかりに悪態を付くヌーにソフィは満足気な表情を浮かべて、その隣に居たミスズはもう堪えきれないとばかりに肩を揺らしながら笑うのだった。


「なんだよ、てめぇまでナメてんのかよ?」


「こ、これは失礼……っ、くっくく……」


 ソフィと肩を並べながら同時にヌーを見て笑うミスズに、ヌーは少し顔を紅くしながら苛立ちを見せたが、もうそのおかげで『結界』を壊せるか試してみようという気持ちは無くなったのか、纏っていたオーラを全て一瞬で消しながら大きく舌打ちをするのだった。


「――!」(大丈夫だヌー、私にもあの二人が笑っている意味は、これっぽっちも分からないぞ!)


「うるせぇよ」


 気にするなとばかりにヌーの服の裾を掴みながら、にこにこと笑いかけてくるテアに小さくそう口にするとヌーは溜息を吐くのだった。


(先程のソフィ殿の質問は、ヌー殿の本質をはかる質問です。何故この里の『結界』に対して、ヌー殿があれ程に固執していたのかと当初は思いましたが、どうやら彼にとってこの妖魔召士のはった『結界』をこれまでは壊せなかったのでしょう。そして先程彼が『新たな力を得た』と口にしていた通り、彼はその壊せなかった『結界』を壊せる自信がついた事で今回は壊せるか試そうと考えた。ソフィ殿はその壊せると判断したヌー殿の今の心境を聞いておく事が重要だと考えた)


 ミスズはそこで一度思考を切って、何かを確認するようにソフィに視線を送る。そしてどうやら彼女の思った通りだったようで、再び薄く笑みを浮かべるのだった。


(やはりそうですね。ヌー殿の『力』を手にした今の状況は、相当に自信が満ち満ちている。ソフィ殿は彼がこの自信に満ちている状況こそが、彼の本領を発揮出来る状態であり、所謂本能に忠実なこの状況こそが彼の本質なのだと理解している様子です)


「クックック、今のお主であればその『結界』は壊せるだろうからな。無理に試す必要は無いだろうから、やめておいて正解だぞ」


「ちっ! お前に言われなくても、そんな事は分かってるんだよ。なあ、テア」


「――」(な、何だよ急に!)


 ソフィの言葉を聞いたヌーはどこか機嫌良さそうにしながら、近づいてきていたテアの肩に手を回しながら、にやにやと笑みを浮かべていた。


 前回この里に訪れた時にソフィは、この『結界』を壊そうとするヌーに『無駄だからやめておけ』と告げた。その理由はこの『結界』があの時のヌーの『魔力』では壊すに至るのは難しいと判断した為であった。


 しかし今回はその無理だと思われていたソフィ本人が『今のヌーであれば壊せるだろう』と明確に口にしてくれたのである。ヌーは言葉ではソフィに対して悪態をつくような真似をしたが、実際にはあのソフィが自分を認めてくれているような発言をした事で、彼は内心では相当に嬉しく思ったようでテアに自分から絡んでいくのであった。


(いやはや、素晴らしい関係性です。ソフィ殿とヌー殿の間柄はよく理解出来ました。そしてソフィ殿はヌー殿に非常に期待をしておられるのですね。本質を確かめたのも、今後の彼の成長に期待しているから。そしてその考えは私にも理解が出来る。だからこそ私は『特務』を作り強くしたいと思えた者達を私の手で成長を促して、今後の妖魔退魔師組織の地盤となれる者達を選び抜いている……)


 そこまで考えたミスズは、本当ならばもう一人自分の手で後継者として育て上げたかった人間の顔が浮かんだが、今更その事を考えても仕方がないと、そしてようやく自分の中でその思いに決着をつけたのだと、自分で自分に言い聞かせながら唇を噛むのであった。


 ソフィはヌーを見守るような温かい視線を送っていたが、ちらりと隣で俯いているミスズに気づかれない程度に彼女を視界に落とし込んだ。


(どうやら我とお主は似た考えを持っているようだ。その行き着く先に思い描く思想に違いはあれども、辿り着くまでの過程では、互いに他者の成長を願い、可能な限り手助けをしてやりたいと願望を抱いている)


 ソフィは俯いて唇を噛んでいるミスズを悲し気な視線を送る。大切に育てようと思っていた自分の大事な部下が急に自分の手元から離れてしまい、もう二度とその成長した姿を見る事が出来なくなった彼女の喪失感を考えて、何もしてあげられない無力感に苛まされるのであった。

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