第1152話 利用価値のある捨て駒

「では早速、ゲンロク殿達に新たにソフィを同行させるという旨を伝える」


「総長、その事なのですが、一つ聞いて頂きたい事があります」


 シゲンは続きを話そうとしていた口を閉じて頷き、そしてミスズに続きを促す。


「ゲンロク殿達に情報を伝える使者は『妖魔召士ようましょうし』を使うのではなく、我々の組織の信頼できる『予備群よびぐん』を使いたいと思います」


 唐突なミスズの意見を聞いたシゲンは、先程彼女が『妖魔召士ようましょうし』達に対して行っていた話をしていた内容を振り返る。


「そして先程の『妖魔召士ようましょうし』達にも同様に、我々の情報をゲンロク殿達に情報を持ち帰ってもらうように告げたいと思っています」


「先程の『妖魔召士ようましょうし』の連中が、ゲンロク殿達ではなくヒュウガ殿の一派だからか?」


 一から説明を行おうとしていたミスズはそのシゲンの言葉から、彼女の意図を既に理解していると悟り、感服するような表情を浮かべた。


「その通りです総長。表向きは彼らにこちらの事をゲンロクに伝える旨を告げて、こちらの情報を握らせて使者として向かわせた上で改めて監視を行い、その情報を持ち帰った彼らがどう行動をとるか、それを見定めたいと思います。そうする事によりヒュウガ殿達の場所も分かるかもしれません」


「だがミスズよ、先程の連中は確かにヒュウガ殿の放った間諜なのだろうが、あまり重要視されていない単なる使い捨ての雑兵に過ぎないだろう。奴らはまだヒュウガ殿がゲンロク殿達と里に居ると思い込んでいる様子だった。そんな連中に今のヒュウガ殿の居場所が分かるとは思えないが」


 シゲンの言う通り彼らは相当前からヒュウガの指示でここサカダイに潜伏した者達で『妖魔退魔師ようまたいまし』と『妖魔召士ようましょうし』が『旅籠町』の一件以前までの情報は持っていたようだが、それ以降の事は何も知らされてはいない様子であった。


 どうやら知り得た情報があれば、持って帰って来させる為だけのいち間諜。逆に今回のように『妖魔退魔師ようまたいまし』に見つかり捕まったとしても重要な情報は何一つ持ってはいない、謂わば捕まえられたとしてもマイナスが無く、持ち帰らせる情報が有益であれば少しはプラスになるという打算で送り込まれた謂わば組織達からすれば捨て駒程度にしか思われていない要員達なのだろう。


「しかしそれでも彼らはヒュウガ一派である事には変わりありません。今の『妖魔召士ようましょうし』組織は、前体制から比べると相当に人数が減っています。捕縛した彼らが単なる雑兵だったとしてもヒュウガ殿が彼らを送り込んだ時よりも、今は更に数が減っている状態であると考えると彼らでも貴重な人材となるでしょう。ここはあえて我々が騙された振りをする事で、彼らに有益な情報を持たせます。そこまで高くない確率であっても、彼らからヒュウガ殿に繋がる可能性も残るでしょう」


 しかし彼女もシゲンの言う通り彼らに必要以上に期待をしているわけでもなく、あくまで副総長ミスズは選択肢を増やしているに過ぎない。ヒュウガが彼ら間諜に一定の評価しか下していないのと同等程度、それに届かないくらいの価値をミスズも彼らに下しているに過ぎなかった。


 だが、万が一にも可能性が残されているのであれば、それを利用しない手立てはない。損益を優先した考えを常に張り巡らせているミスズにとっては、彼らは利用価値のある存在なのであった。


「分かった。妖魔山へ向かう日取りなどもこちらが決める事となっていたな? イダラマ殿がこのまま妖魔山へ向かったとしても中へまでは入ることは出来ないだろう。そちらの一件は山に近い町の『予備群よびぐん』達に見張らせておくとしよう」


 『妖魔退魔師ようまたいまし』の総長シゲンと、副総長ミスズの話し合いが続いていたが、どうやら今後の行動指針が纏まったようで、結論を出す前にシゲンはソフィの方を見る。


「ソフィ殿にはすまないが、少しだけ妖魔山へ向かうのを待ってもらえないだろうか?」


「元々お主達の協力なくして妖魔山へ入る事は叶わなかった。少しばかりお主らのやりたい事を優先したとしてもこちらは構わぬよ」


 そう言ってソフィはちらりと、ヌーやセルバスの方を一瞥する。セルバスはソフィの決定に異論は無いようで直ぐ様頷きを返してくる。そしてヌーも小さく舌打ちは見せたが、言葉を挟んでこないところを見ると、ヌーもソフィの決定に渋々ではあるが、納得をしているということなのであろう。


「感謝するぞ、ソフィ殿」


 こうしてミスズの誘導尋問によって捕らえた『妖魔召士ようましょうし』達が、ゲンロク率いる『妖魔召士ようましょうし』側の間諜ではなく、所在が分かっていなかったヒュウガ派であった事が分かり、少しだけ『妖魔退魔師ようまたいまし』側の行動指針が変わる事になるのであった。 

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