第1117話 特務所属のカヤ

 別世界の常識について考えながら施設のエントランスから長い廊下を通って『スオウ』の後をついて行ったソフィと、そのソフィを主と認めたセルバスだったが、続いていた廊下の最奥の一室の扉の前でようやく『スオウ』は止まった。


「ここが特務の連中が働いている場所なんだ」


 そう言いながらスオウが扉をノックすると、直ぐに扉は開かれて中から一人の女性が姿を見せ始めるのだった。


「おや、スオウ様ではないですか。例の『妖魔召士ようましょうし』はもうこの町に居ないと判断されたのでは?」


「何度もごめんよ、カヤ。その件はもういいんだけど、ちょっとまたナギリに用が出来てね。彼に会いたいんだけど中に居るのかな?」


 どうやら特務専門部署の部屋から出てきた女性の名は『カヤ』という名前らしい。カヤはスオウの言葉を受けて再び部屋の中を見渡した後に、再びスオウの方へと向き直り、口を開いた。


「彼、どうやらまだ戻ってきていないようですね。もう今日は仕事をしないつもりで『スオウ』様の依頼を受けていたようですから、いつものように訓練場の方に顔を出しているんじゃないでしょうか」


「そっかそっか、じゃあそっちにも行ってみるよ。もし入れ違いで戻ってきたら俺が訓練場に来てくれと言っていたと伝えてくれるかい?」


「ええ、それは構いませんが……。失礼ですがそちらの方々は?」


 スオウを見下ろしながら喋っていたカヤは、そこでようやく視線をソフィとセルバスの方へと向ける。


「ふふっ……! だ。ナギリを彼らに会わせたくってね、それでここまで来たんだよ」


 何故か嬉しそうに胸を張って大事な客と強調する組織の上司であるスオウに、カヤと呼ばれた『妖魔退魔師ようまたいまし』は、ソフィ達を値踏みするように視線を鋭くする。


「仕事で忙しい時にすまなかった。我はソフィと言う『魔族』だ。そしてこっちの男はセルバスだ」


「はぁ……『魔族』というのはよく分かりませんが、スオウ様の御客人でしたら、改めて挨拶を行わせて頂きます。私は『妖魔退魔師ようまたいまし』組織の『特務専門部署』に所属する『カヤ』という者です」


 ソフィがしっかりと挨拶を行ってきた事で自分も挨拶をしなければと考えたのだろう。しっかりとソフィの目を見ながら、自己紹介を行って頭を下げるカヤだった。


「カヤはキミたちの知り合いのコウゾウと同じように、元々は『予備群よびぐん』だったんだけど、ミスズ副総長に直接任命されて、この特務に配属されたエリートさんなんだよねぇ」


「や、やめてくださいよ、スオウ様。私なんてミスズ副総長の目に留まっただけで、実力も実績も大した事のない、ただ運がよかっただけの隊士ですよ」


 スオウの紹介に慌てて謙遜をするカヤという女性であったが、確かに見た目からはそこまで強いという印象を抱くことは出来ないソフィであったが『妖魔退魔師ようまたいまし』や『予備群よびぐん』達は、魔力や見た目だけでは本当の強さは分からない。すでにシグレという前例が出来ているだけに、ソフィはカヤの言葉を鵜呑みにはしなかった。


「やれやれ、またカヤはそんな事を言って。うちの副総長がただ運がいいだけの奴を気に入って直属の部下に指名したりするわけがないじゃないか」


 ぼそっと囁くような小さな声でそう告げるスオウだった。


「まぁ悪いけどそんなわけだからね。入れ違いで『ナギリ』が戻ってきたら伝言の方をよろしく頼むよ『カヤ』」


「承知致しました、それでは私はこれで失礼します」


 恭しくスオウに頭を下げると、ゆっくりと自分の席に戻って行った。


「訓練場? 仕事場にそんなものまで併設されているのだな」


 カヤの言っていた訓練場という言葉が気になったのか、ソフィがその事に触れるとスオウは嬉しそうに口を開いた。


「言っただろう? うちの副総長は気に入った部下を鍛える事が趣味だって。ミスズ副総長が部下を鍛えるためだけにこの部署の施設を作ったんだ」


「クックック、部下を強くしようと真剣に考えて、そしてその環境を作る為に行動をするか。ミスズ殿とやらは素晴らしい考えを持っておるのだな」 


「ふふ、キミならそう言うと思っていたよ」


 ソフィの言葉を聞いてスオウは微笑む。どうやら彼もミスズという上の立場の人間を相当に気に入っているようで、同じく気に入っているソフィにミスズを褒められて嬉しそうに顔を綻ばせていた。


 そしてソフィもまた自分と近しい考え方をする『妖魔退魔師ようまたいまし』の『、ナギリという者とを持つのであった。

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