第1110話 焦りか、はたまた

(先程も奴らからイダラマの名前が出ていたが、やはりシゲン殿達が急に妖魔山を意識するようになったのはあのイダラマが関係しているという事か……?)


 先程までエイジを睨んでいたゲンロクだったが、イダラマの名が出てきた事で少しだけ冷静さを取り戻したようで、ようやく彼らの会話の内容が耳に入ってきたようである。


「どうやらある程度、正確な情報を得てこの場に現れたという事か。確かにお主の言う通り『妖魔山』の管理をうちに頼みたいと先日我らの元にイダラマ殿から話を持ち込まれたのは確かだ」


「なっ……! あ、あのバカ者は何を勝手な事を……っ!」


 ようやく少しは冷静さを取り戻した様子であったゲンロクだが、今回の『妖魔山』の管理権の移転問題について、まさかのイダラマから出た話だと知って、顔を真っ赤にして激昂するのだった。


「イダラマは昔から少々、危うい考え方を持っていた。本来の『妖魔召士ようましょうし』の目的であった『邪』に染まった妖魔に徳を積ませる事で更生を目的とする筈の『式』を私欲のために使い、高ランクの妖魔を無理矢理従わせて自身の実験の材料のように扱っていた。小生も何度か注意を行ったが、改心する様子を一切見せずに最終的には自分の思想を貫いてこの組織から去った」


 エイジの言葉を聞きながらゲンロクは、イダラマの事を思い出して苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべ始める。どうやら、ゲンロクもイダラマに対してはエイジと同じ思いを抱いたことがあるのだろう。


「『妖魔召士ようましょうし』の組織を抜けた事で、更にその危険な思想に拍車をかけていった。イダラマが思想を描くだけで、そこまで行動力が伴わない者であったならば、放置したところで何の影響もなかったのだろうが、残念ながらあやつは才多き者であった」


 同じ『はぐれ』となり『妖魔召士』組織を去った者同士であったが『エイジ』は『イダラマ』を認めるような口ぶりで語り始める。


「イダラマは独自に開発した禁術を用いておるようで、本来あやつの魔力では従える筈のない、ランク『6』から『6.5』に匹敵する妖魔を従えている所を何度も目撃されている。そこに居るゲンロクが編み出した『縛呪の行ばくじゅぎょう』に改竄を加えた新たな『ぎょう』など、小生らが使う『妖魔召士ようましょうし』の術式とは違う新たな術の開発を成功させたのだろう。あやつは危険分子だとして『妖魔召士ようましょうし』の組織が追手を差し向けているが、未だに捕らえる事が出来ずにいる厄介者だ」


(※イダラマはすでに『エイジ』の得ている情報の先を行っており話に出てきたイダラマの『新術』はエイジの考える範疇を越えてランク『6』や『6.5』どころか、すでにランク『7』から更にその先へと操る『術式』へと進化を遂げていた)。


「イダラマが更なる高ランクの妖魔達を従わせる事。それを目的としているのならば、既にもう野に居る野良の妖魔ではなく、次は高ランクの妖魔が蔓延る『妖魔山』を狙うだろう。お主ら『妖魔退魔師ようまたいまし』組織にすり寄ったのも、山の管理をそちらへ移して『妖魔山』に侵入しやすい経路を作りやすくする為だろうと容易く推測出来る筈だ」


 エイジが畳みかけるようにそう告げると、場は静まり返った。


「エイジ殿は我らが『妖魔退魔師ようまたいまし』の組織が『イダラマ』殿にていよく利用をされたと、そう言いたいのか?」


「それは違うな。小生がお主らに言いたい事はそんな事ではない。小生がお主達に聞きたい事は『を知っていたのかどうかだ。そして知っていて尚、イダラマの提案を受け入れてお主らは今回の『妖魔召士ようましょうし』との会合で『妖魔山』の管理権を得ようとしていたのか?」


 先程の『妖魔山』の『禁止区域』内に居る妖魔達が、前回の『妖魔団の乱』の時のように徒党を組んで攻めてくるなら『妖魔召士ようましょうし』達はそれをどう対処するのかと、シゲンが言葉を使って伝えてきた時に、それはシゲン達がイダラマの行おうとしている事に気づき、彼らはそんな未来が現実のものになるかもしれないと確信を持った上で、彼の野望を利用しようとしたのかと問うているのであった。


「貴方がどう思っておられるのかは分かりませんが、私達『妖魔退魔師ようまたいまし』側は、イダラマ殿のやろうとしている事など何も知りません。あくまで我々は『妖魔召士ようましょうし』が得ている山の情報の貯蔵量に辿り着き、追いついた上で今後の『ノックス』の世界の未来の為に、情報を共有したいという考えしかありません。信じられないというのであれば『妖魔山』の『禁止区域』の調査に、貴方もゲンロク殿と同じく我々と同行を共にすればよいではないですか」


 くいっと眼鏡をあげながら、ぴしゃりと言い放つミスズであった。


 しかしこれまでと比べて明らかに『妖魔退魔師ようまたいまし』である副総長『ミスズ』に焦りが見受けられた。しかしそれは『エイジ』や『ゲンロク』達『妖魔召士ようましょうし』を騙そうと考えての事ではなく――。


 ――『何やら自分自身がイダラマに対して思う処があってその事を強引に頭から振り払って伝えるべき事を伝える為に述べた』。


 ――まさにそんな風に、エイジの目には映ったようである。


 そして冷静になったゲンロクもまた、エイジと同じように観察するような視線を送る。どうやら表面上はそこまで大きく変わってはいないミスズの様子だが、これまでのような余裕綽々よゆうしゃくしゃくであった彼女とは明らかに変わっていると、エイジと同じことを考えるのであった。

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