第1102話 尊敬すべき者の為の報復と、自分の為の復讐

 普段とは違い冷静さを欠いた部下の後を追いかけていくが、地下へ降りた先に居る例の『妖魔召士ようましょうし』達が捕らえられていた牢部屋の前で部下の男は、足を止めてシグレの方をゆっくりと振り返る。


「?」


 その男の目には涙が浮かんでいた。


「副隊長。中を見られてもどうか、どうか……、お気を確かに!」


「な、何を言っているのですか?」


 シグレは呆けた笑みにも見える表情を浮かべながら視線を合わせずに、扉を開ける部下を疑問に思いながらやがてはゆっくりと開かれていく扉の中、部屋の景色がシグレの視界に入っていく。


 まず最初に見えたのは他の部下達が数人立ちすくんでいる姿だった。どうやら入り口に居る部下と同じく、シグレより先に目を覚ましてここに来ていたのだろう。シグレは他の部下達にも声を掛けようとして、そこで見えてはならないものが見えた。


 ――その決して見えてはならないモノは、驚いたように目を剥いて『』を見ているように見えた。


 そこに転がっていたのはいつも厳格だがシグレに優しい声を掛けてくれる、


「!!」


 シグレは息を呑んで声にならない声を挙げた後、両手を口を覆い隠すように持っていき、そのまま膝から床へと崩れ落ちた。


「ふ、副隊長!!」


 中に居た部下達がこの場に現れたシグレに気づき、慌てて駆け寄って来るがシグレは、コウゾウから目が離せない。コウゾウの首を食い入るように見ていたシグレは次の瞬間、喉にせり上がって来る胃液をその場に吐き出した。


「うっ……、げぇっ……。うぐぇ……!」


「だ、大丈夫ですか! シグレ様!」


「おい! !! お前にシグレ様の様子を見てこいとはいったが、まだこの場に連れて来るなと言っただろうが!」


「す、すみませぬ……!! し、しかし……! しかし!!」


 中に居た部下と先程シグレを呼び来た部下とで口論を始めるが、その中心に居るシグレには部下達の声は一切耳に入ってこなかった。


 シグレはこれ以上ない程の気持ち悪さを感じながら吐瀉物をまき散らしていく。しかしそれでもシグレの視界は、コウゾウの首とその奥にある首の無い胴体を捉え続けているのだった。


 ……

 ……

 ……


「うっ……」


 屯所にある深夜宿直の為に用意された宿直室で意識を取り戻したシグレだったが、どうやら何が起きたのか鮮明に覚えていて、用意されていた布団から起き上がるも陰鬱な状態が続いていた。


 コウゾウの亡骸を見た事で茫然自失となったシグレだったが、シグレはあの場所で意識を失い、どうやら部下がここまで運んでくれたのだろう。その事には部下に感謝をしているが、今は誰とも会話を交わしたくはなかった。


「た、隊長……!」


 地下牢の扉を開けたあの時に、首だけの見開かれた目でコウゾウが自分を責めるように睨んでいるように見えた。あの自分に優しかった隊長がそんな視線を向ける筈はないと分かってはいる。


 しかしそれでもあのコウゾウ隊長の目が、大きく見開かれて怒っているように見えてしまったのには、自分の中で負い目があるからだろうか。


 きっと私があの妖魔に意識を失わされてしまった事で、私は人質のような扱いをされてしまい、言う事を聞かなければ私を殺すとでも奴らは隊長に話を持ちかけでもしたのだろう。


 そうでなければ存在自体を隠している地下牢の場所が分かったのも、隊長があっさりとあの場まで連れられて、殺される事も無かった筈である。


「許せない……、許さない……、許さない!!」


 両手で髪の毛をガシガシと掻きむしり、せり上がって来る胃液を強引に呑み干してシグレは苛立ちを募らせる。


「殺してやる! ……! !!」


 唇を噛みながらシグレはこれから自分の為すべき事は、自分が足手纏いになった事で死なせてしまった隊長の敵を討つ事だと、そうすることでしか自分を許すことは出来ないのだと、聡い筈の彼女が冷静さを強引に殺意で包み込んで一つの答えを出す。それは彼女のあらゆる考え全てを集約させて――。


 ――という行動を選ぶのであった。

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