第1069話 零れ落ちそうな水
「えらく事情に詳しいんですねぇ、エイジ殿。エイジ殿は今の『
エイジの態度を見て真実を見定めようとスオウは煽るように告げるが、スオウに冷静な視線を向けながらエイジは再び口を開いた。
「事情に詳しいのは当然だ。小生も偶然その場に居合わせていたからな」
『
「貴方はお連れの方をこの町まで、案内していただけなんですよね? どうしてそれで『
言葉ではそう告げるスオウだが、内心ではエイジが『
「心にも無い言葉を言いなさるなスオウ殿。お主とて小生がそなたたちを襲うなどと、本気では考えてはいまい?」
「そうですね、失礼しました」
素直に謝罪をする所を見るとエイジの言う通り、スオウは本音ではエイジがそんな真似をする筈が無いと分かっていたのだろう。
「引き留めて申し訳なかった。こちらの副総長にイダラマ殿に対して目を光らせておくようにと言われていたのに、恥ずかしい事に見失ってしまったものでね。その所為で少々気持ちが荒立っていたようだ」
普段のスオウを知らないエイジだったが、確かに喋り方に一貫性が無く、敬語を使ったりそうでなかったり、まさに彼自身の言葉の通り、焦りがそうさせているのだろうなとエイジは目の前のスオウと言う少年を見てそう考えが過るのであった。
「しかし、イダラマの目的が分からぬな。組織の中心に居ない小生の言葉を信用しろとは言わないが『
「そうですね。御忠告感謝しますよ、エイジ殿」
しっかりとエイジの顔を見ながら言葉を聞いていたスオウは、ゆっくりと首を縦に振って頷いた。
「……」
そこで話は終わるだろうと考えていたエイジだったが、スオウはまだ何かあるようで、話そうかどうかと逡巡している様子を見せていたが、やがて意を決したかのように再び口を開いた。
「エイジ殿『
『
見た目は少年のように若いスオウだが『
それは決して見た目通りの少年では無く、筋の通った屈強な精神を持つ、
「それじゃ、失礼するね」
やがて数秒程もの間、エイジの様子を見ていたスオウは、エイジに軽く頭を下げた後にそのままサカダイ方面へと駆けて行った。
ヒュウガの下した命令から起こった今回の出来事は、今後両組織の溝がさらに深まるような、決して元に戻ることが無い亀裂が入ったのだという事をスオウの後ろ姿を見ながらエイジの頭に過るのだった。
覆水盆に返らずという言葉があるが、今エイジはその水が零れ落ちようとしているところを、どうすることも出来ずに黙って見ているような感覚であった。
やがてスオウの後ろ姿が見えなくなるまで見届けたエイジは、奥歯を噛みしめた後にケイノト方面へと再び歩を進めていった。
その歩の向いた先は方向は同じでも、少しばかり行き先が変わった事はまだ、この時には誰にも分からない事であった。
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