第1041話 裏切者と実感

 刃物を持った『煌鴟梟こうしきょう』の男を取り押さえたシグレだったが、今は手足を縛る物を持っていなかった為、組み伏せている状態で『セルバス』に向けて口を開いた。


「すみません、セルバスさん。屯所に戻って人を呼んで来てもらえませんか?」


「ああ、いやその必要はねぇぜ」


 何かを考えている様子だったセルバスは、シグレの声に我に返って頷きかけたが、何か考えがあるのか、ゆっくりと男を取り押さえているシグレの元に近づいて来る。


「おい、こっちを見ろ」


「ああ!?」


 セルバスに強引に顔を向けさせられた男は、苛立ちの声をあげながらも『セルバス』に視線を合わせた。

 次の瞬間『セルバス』の目が紅く光ったかと思うと『煌鴟梟こうしきょう』の男の目が徐々に虚ろになっていくのであった。


「ああ、普段通りに『魔瞳まどう』を使ったつもりだが、この身体でこの魔力だと『紅い目スカーレット・アイ』になっちまうのか」


 そう言って何か自分のした事に納得が行かなかった様子でセルバスは、毒づいた後に男の顔を二、三度ぺちぺちと平手打ちをする。


「て、てめぇ! この裏切者が!!」


 正気に戻った様子の男は再びセルバスに怒号をあげるが、セルバスはお構いなしに、その男に視線を合わせると、今度はしっかりと『金色の目ゴールド・アイ』を使うのであった。


「よし、アンタもうその男を離していいぜ?」


「えっ……?」


 何かがセルバスと男の間でやり取りがあった事は理解が出来たシグレだったが、一体何が行われていたのかそこまでは分からず、突然セルバスにそう言われてシグレは訝し気に眉を寄せながら困惑の声を漏らすのだった。


「そいつはもう意識を失っている。自分で屯所まで歩いて行けとでも命令すれば、勝手に自分から捕縛されに向かうだろうぜ」


「そ、そんな馬鹿な!?」


 『妖魔召士ようましょうし』でもないセルバスの言葉に、まさかそんなとばかりに疑惑の声をあげながらもシグレは言う通りに手を離す。

 確かに男は目を虚ろにして放心状態といった様子で、暴れたり逃げようとしたりしなかった。


「おい、お前はこれから屯所へ行きやがれ。屯所についたら。誰かが出て来るまで、



 刃物を持っていた男は目を虚ろにしながら『セルバス』の言葉に頷きを見せた後、片言のようなイントネーションで返事をするのであった。


 そしてそのまま男は何事もなかったかのようにふらふらと、コウゾウ達『予備群よびぐん』が居る屯所へと歩いて行くのであった。


「ちょ、ちょっと待ってください! このまま一人で行かせられません。すみませんがセルバスさん、私も屯所へ戻らせてください!」


 セルバスは仕事熱心な『女子おなご』だとばかりに、薄く笑みを浮かべると頷く。


「ああ、分かった。俺は追加分の酒を取りに行くからよ。アンタは悪いが、アイツの面倒を見てやってくれ」


「は、はい! え、えっと酒宴用の酒を卸して下さった酒場は、もう直ぐそこの、えっとあそこのお店ですので。後で代金を支払うと言って私の名前を出してください」


 そう言ってセルバスの横まで行ってシグレは酒場の場所を指し示す。


「あ、ああ。分かったよ」


「では、すみませんがお願いしますね」


 シグレは場所を告げた後に、セルバスに会釈をして刃物男を追いかけて行った。


 そのシグレの後ろ姿を見送っていたセルバスは、一人残されたその場所で空を見上げた。


……」


 セルバスは先程の『煌鴟梟こうしきょう』の男が、セルバスに向けて放った言葉をぽつりと漏らした後、再び考え事を始めるのであった。


(そんな事は分かってんだよ。だけどもうどうする事も出来ねぇだろうが)


 セルバスは男に言われた言葉に対して自分の気持ちを自分に言い聞かせる。当然それは『煌鴟梟こうしきょう』の組織の事ではなく、長い年月所属を続けた組織。大賢者ミラが作った『煌聖の教団こうせいきょうだん』の事なのであった。


「ミラ様、申し訳ありません。煌聖の教団こうせいきょうだん』を


 誰も外を歩いていない静かな旅籠町の裏通りでぽつりとセルバスは、自分の主であった総帥にを告げた後、やがて地面に置かれていた岡持ちを持った。


 もしこの場に誰かが居てセルバスの背中を見ていたとしたら、その大柄に似合わず頼りない後ろ姿だと揶揄していただろう。


 セルバスは先程の男の言葉でようやく自分が『煌聖の教団こうせいきょうだん』を裏切ったのだと、改めて実感してしまい、何とも言えない気持ちを抱えたまま、やがてはゆっくりとした足取りで酒場の方へと歩いて行くのであった。


 ……

 ……

 ……

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