第976話 ユウゲの報告

 イツキが奥の部屋に入って少し経ち、どうやら前に比べて少しは機嫌が良さそうな顔をしたサテツがユウゲの前に姿を見せた。


「おう、待たせたな」


「忙しい所、すみませんな」


 ユウゲがサテツに挨拶をしようと椅子から立ち上がろうとするが、それを制止しながらサテツはユウゲの前の長椅子にどかりと座り込んだ。


「それで? お前とヤエだけが戻って来た理由を教えてもらおうか」


 椅子に深く座り込んだサテツは、ギロリとユウゲを睨みつけるように視線を向ける。


「加護の森の調査に向かったんですが、確かに森で戦った痕跡はあったんですがね、例の妖魔の二人組とやらとイバキを含めた内の退魔士達の姿もありませんでした」


「戦った痕跡はあった……か」


 サテツはユウゲの報告に腕を組みながら何やら考え始める。本当に今のサテツは機嫌が良いらしい。これが本当に機嫌が悪い時の頭領であれば、例の二人組が見つからなかったと報告を告げただけで、舌打ちの一つもしながら報告を行った者を睨みつけるくらいはしていただろう。


 報告に戻ってきたのが『特別退魔士とくたいま』の『ユウゲ』であった事も大きいのだろうが、報告した内容を考えるサテツは至って冷静に思えたユウゲであった。


 ちらりとユウゲがサテツの後ろに控えているイツキを一瞥すると、彼はユウゲにニコリと笑みを返して来るのであった。


(どうやらがサテツの頭領の機嫌を取り繕ったようだな。前回のヒイラギの空気の読めない質問をしていた時とは、全然違いすぎて笑えてきよるわ)


「ふーむ。それで他に何か分かった事は?」


 イツキの事を考えていたユウゲは、サテツの言葉に直ぐに意識を戻して、サテツに視線を向き直り本題に入り始める。


「それがですね。戦闘が行われた現場から少し離れたところに多くの足跡が残っていまして、その足跡が加護の森の奥側へと続いていて、どうやらイバキ達や内の連中は『サカダイ』の管理する森側へと入ったようなんですよ」


「あ?」


 ユウゲの報告を黙って聞いていたサテツは、そこで低い声を出したかと思うと、急激に機嫌を悪くしたようで顔を顰めながらユウゲを睨みつけた。


「妖魔が加護の森から逃げたところをイバキ達が追って行ったのかもしれないんですが、俺達が勝手にサカダイ側の土地に入る訳にも行かず、それで現在はこうして俺がサテツの頭領に報告に戻って来たというワケです」


 詳細は分からないところではあったが、妖魔が加護の森から逃げたのをイバキ達が仕留める為に、追いかけたかもしれないと、ユウゲは少しでもサテツの機嫌を取るために印象操作をするかの如くそう告げるのであった。


「なるほどな。確かに勝手に入って『妖魔退魔師ようまたいまし』の連中に文句を言われても面倒ではあるな。お前達の判断は間違っちゃいねぇ。それで間違いなく『サカダイ』の方へ足跡は向かっていたんだな?」


「ええ。恐らく間違い無いでしょうね。ヒイラギやクキはまだ、加護の森で待機させていますが、合流してこのまま向こう側へ行きましょうか?」


「……」


 低い唸り声のような声を出しながらサテツは再び考え込む。既にサカダイの土地側に『ミカゲ』や『イバキ』達が入り込んだのであれば、今更向かったところでどうしようもないだろうし、妖魔があちら側に入り込んだ時点で今度は向こう側の問題になる。このまま放っておいても、向こうからこちらに何か報告があるだろう。


 そしてイバキ達が戻って来て居ないという事は、既に全員が殺された線が濃厚であることもサテツは考えるのであった。


(しかしタクシンに続いて『イバキ』や『スー』達までやられたか? いったい『二人組』の黒い羽を生やした妖魔とやらは、何なのだ……)


 今後『妖魔退魔師ようまたいまし』が行動を開始したならば、二人組の妖魔は直ちに処理される事は間違い無いだろうが、その報告があちら側から来た時に、タクシンやうちの連中が殺られた事を伝えて色々とこちら側にも益が出るように、上手く話をしなければならないだろう。


 やがて思考の末にサテツは視線を向け続けて、こちらからの反応を待っている『ユウゲ』の顔を見て口を開いた。


「加護の森にもう連中が居ねぇのかしっかりと調査を終えたら、もう全員戻って来るようにと奴らにも伝えろ」


「分かりました。そのように致します」


「おう。さっさと伝えてこいや」


 そう言ってサテツはそこで椅子から立ち上がり、首を鳴らしながら奥の部屋へと戻って行くのであった。


「ふーっ……」


 サテツが奥の部屋に消えたのを見計らって大きく安堵の息を吐いていると、そんなユウゲの前にイツキが現れる。


「いやはやユウゲ殿、お疲れ様でした」


「ああ、お前が頭領の機嫌を取ってくれていて助かったよ」


「いえいえ、これも大事な仕事の内なんでね」


 そう言ってイツキは、ニコリとユウゲに微笑むのであった。


「さて、ひとまずはこれで任務は終わりだな。タクシンやイバキには悪いが、あちら側へ向かった時点で俺らには、これ以上は手出しが出来んからな」


 ユウゲがそう言うと、笑みを消しながらイツキが口を開いた。


「全く『妖魔団の乱』以降、色々と許可が必要になったり、面倒な時代になりましたね」


「元の鞘に収まって欲しいとは言わぬが、早くには、彼らの組織と協力体制を確立させて欲しいものだ」


 イツキもまた同じ事を考えているようで、ユウゲの言葉に全くその通りだと、言わんばかりに頷きを見せるのであった。

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