第933話 突きつけられた現実

 どうやらヌーはエイジの力についてはもう自己解決したようで、それ以上の質問等は無かった。エイジはもう少し色々と聞かれると思っていた為に、少しだけ肩透かしを食らったが、それでもヌーという男が力の探求に諦観したわけでは無く、今はまだその時では無いと、彼の中で判断しただけだという事を理解しているエイジは、納得した様子で頷くのであった。


「小生達『妖魔召士ようましょうし』に会ったらまず、相手の目に注目しておくのだ」


 しかしそこでどうやら話が終わるような事は無く、一段落したと思った話には続きがあったようで、ヌーは取り換えたグラスを一度手元に置いて喋り始めたエイジの方に視線を向ける。


「目か……。しかし俺はさっきもお前に視線は合わせていたが、こちらの『魔瞳まどう』で打ち消しが出来なかった。お前達が持つ力の前では、どうすることも出来ないんじゃないのか?」


 ヌーの言葉には諦めているような、含みのあるような言い方だったが、決して諦観しているワケでは無い。他意があるわけでは無く、ただ単にそこにある現実を淡々と告げただけであった。


「『青い目ブルー・アイ』に関してはお主の言う通りに止めようは無いのだが、この魔瞳単体では、そこまで大きな事は出来ない。この『青い目ブルー・アイ』を『妖魔召士ようましょうし』が発動した時、必ずその次の行動に対して備える動きをすることが肝心なのだ」


「ふっ……」


 ここで初めてヌーは脱力したような笑みを浮かべて、視線に諦めの色を見せた。

 今エイジが告げた言葉の中に含まれた、本当の意味にヌーが気づいた為であった。あくまで今エイジが言った『魔瞳まどう』に対しての備える動きとやらは、目の前に居るエイジからの『魔瞳まどう』に対抗する手立てでは無く、その『青い目ブルー・アイ』という『魔瞳まどう』を使われた後で戦う事ではなく、逃げ延びる事を考えろと告げているのである。


 その事に気づいて尚、ヌーは持論を展開する為に口を開いた。


「実際にその目の影響を受けた俺の印象だが『青い目ブルー・アイ』とやらの『魔瞳まどう』の対象になった奴は、魔力の波がそのまま向かってくる感覚だった。


 つまりお前が言うように、格上の野郎に『魔瞳まどう』を使われた場合、俺みたいな格下が相手だった場合はすでに、半分以上は勝負がついた状態となるわけだな?」


 魔力で劣る以上はその『魔瞳まどう』に対抗出来る筈が無い。だからこそ『青い目ブルー・アイ』が展開された瞬間に、次に相手が行うであろう『捉術そくじゅつ』に対して、どういった術かを見極めた上で上手く逃げる方法を考えろとエイジは告げたのだ。


 分かりにくかったが、これはエイジがヌーに対して『魔瞳まどう』の対抗策をアドバイスしているワケでは無く、あくまで、使戦いは避けろと、暗にヌーに警告をしたのである。 


 『妖魔召士ようましょうし』は『式』で妖魔を使役して戦うだけでは無い。その妖魔を使役する『妖魔召士ようましょうし』自体がヌーより強い。


 『青い目ブルー・アイ』という『魔瞳まどう』や、その『魔瞳まどう』をトリガーにして放たれる数々の『術式』。


 これら多くの要素を相手に今のヌーでは、太刀打ちなど出来るワケが無い。しかしそれでも、この旅籠に来る前にヌーは元の世界へ帰る事を拒否して、この世界に残るという選択を取った。


 だからこそエイジは仕方なく、となっている事を認めさせた上で、死にたくないなら上手く逃げる方法を身につけろと暗に説明したのである。


 エイジはヌーの言葉を聞いて、グラスを傾けながら酒を呷る。そして空になったグラスをテーブルに置いた後、ヌーに頷きを見せるのであった。


「お主は元に居た世界では世界征服を狙える程に強い魔族だったかもしれないが、この世界では小生から見てお主はとるに足らない存在だ。それでもソフィ殿の助言を無視してこの世界に残ったのだ、そうであるならば、ソフィ殿にこの世界に居ても大丈夫だと、そう納得させるだけの立ち回りを覚えるのだ、ヌー殿」


 ヌーはこの旅籠に来る前にソフィに向けられた殺意よりも、余程恐ろしい感覚を今、エイジに味わわされている。現実を突きつけられた状況で楽しく飲んでいた酒の気分は吹っ飛んでしまい、血の気が引いたように顔を青くさせながら、震える手で取り換えたばかりのグラスを握りしめるのであった。


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