第910話 妖魔退魔組の歴史

 この場でソフィに真贋を見定められているゲンロクは、現代の『妖魔召士ようましょうし』の長として自らを自負している。この世界は『妖魔召士ようましょうし』と『妖魔退魔師ようまたいまし』の二つの組織が存在する。


 だが、当代では実際の『妖魔召士ようましょうし』側の組織の明確な長はいない。


 『妖魔召士ようましょうし』の組織の長を務める者は、代々先代が引退をする時に、次の組織の長を決めて指名する。


 しかし先代の妖魔召士ようましょうしの組織の長であった『シギン』は、次代の妖魔召士ようましょうしの長を決める前に亡くなってしまったのである。その所為で本来は協力し合なければならない筈の『妖魔召士ようましょうし』達は、互いに互いを牽制し合うようになってしまった。


 その所為で現在の『妖魔召士ようましょうし』の組織は、決して一枚岩とはいえない状況になっている。更にはもう一つの妖魔と戦う代表的な組織である『妖魔退魔師ようまたいまし』達とは『妖魔団の乱』以降にケイノトから離れてしまい、今まで以上に互いの組織に溝が出来てしまった。


 こんな状況で妖魔達からこの世界に生きる人間達を守るのは難しい。そう考えた『妖魔召士ようましょうし』のゲンロクは、新たに妖魔と戦える退魔士を増やすべきだと考えた。


 これまでもそう言った案は『妖魔召士ようましょうし』でも議論にあがっていたが、具体的な案が出される事は無かった。


 しかしゲンロクは妖魔召士ようましょうしの扱う術式の一部を『妖魔召士ようましょうし』の資格が無い民間人に提供するという案を提示したのである。


 当然、民間人全員が扱える程『妖魔召士ようましょうし』の扱う術式は甘くはないが、それでも『妖魔召士ようましょうし』には及ばなくとも、他の一般の民間人より魔力に秀でた者はどの時代にも存在していた。


 そういった一部の秀でた者達に、妖魔と契約を結ばせる術式を伝授すれば、戦闘面では『妖魔召士ようましょうし』達には及ばなくても町を守る手助け程度には、役に立ってくれるだろうという見通しをゲンロクはたてたのである。


 当然ゲンロクのこの案には、多くの『妖魔召士ようましょうし』達は反対をした。自分達が苦労して『妖魔召士ようましょうし』になったというのに、その器に届かなった者達に簡易的な術式を享受させるだけとはいっても『妖魔召士ようましょうし』の格式高い秘術を一般人に教える事に否定的なものが多かったのである。


 それだけに留まらず、元々妖魔召士達は保守的な考え方が多い。これまで先祖代々妖魔から自身やこの世界に生きる者達を『妖魔召士ようましょうし』や『妖魔退魔師ようまたいまし』が守ってきたという誰もが知る歴史や、その実績を信じて生きる為の生活を示してきたのである。


 今更ゲンロクや一部の改革派の考えを多くの『妖魔召士ようましょうし』達は、賛同したくなかったのである。


 しかし結局ゲンロクの案に対抗出来る案が提示される事は無く、代替案が出されない以上、現状を打破する為にはゲンロクの案に乗らざるを得なくなってしまった。


 そしてこの世界の中心とも言える町ケイノトに『退魔組』と呼ばれる『妖魔召士』の術式を扱える退魔士と、魔力が乏しいが戦闘能力に秀でた剣士を妖魔退魔士の護衛として扱い、互いに『妖魔退魔組』の一員として、活動を許されたのであった。


 そんな『退魔組』を生み出したゲンロクは、大きく『妖魔召士ようましょうし』としての歴史を変革させる行いをしたが、既に自身はその年齢から現場を『サテツ』と『ヒュウガ』に任せて、半ばその役職から一歩退いた状態で里に移り住んでいた。


 当然まだ完全に引退したわけでは無いので、ケイノトの町で起こった出来事は都度、ゲンロクに伝えられている。そして全ての決定権をゲンロクが握っている為『妖魔退魔師ようまたいまし』との会議や会合等にもゲンロクが出席して、実際に発言や取り決めを行ったりしている。


 事実上『ゲンロク』が『妖魔召士ようましょうし』の長といって差し支えなかった。だからこそ反ゲンロク派も決して少なくはない中、こうして里へと移動したゲンロクに付いてくる者達も多く居るのである。


 だが、そんなゲンロクだったが、ここ最近寄せられる報告は吉報ばかりで違和感を感じていたのは否めなかった。年老いたとはいってもゲンロクはまだ考えられる頭は健在であり、これまで『妖魔召士ようましょうし』として長くケイノトを守ってきたという自負もある。そんな彼はこれまでの『ノックス』の世界の歴史上、いい事ばかりが続く筈がないという事を理解している。


 だがここ最近はヒュウガから入って来る知らせは吉報ばかりであり、やれ新しく入った退魔士が、妖魔山から来たランクの高い妖魔を『式』にして見せたなど、失敗談などは一切情報としてゲンロクの元に入らなくなったのである。


 そしてここにきて袂を分かったエイジの来訪。そのエイジの客人と告げて連れてきた若者たち。最初こそヒュウガの話を鵜呑みに聞いて、この若者がイダラマと結託して『転置宝玉』を盗ませたという話を信じたが、よくよく考えるとそんな者を客人として、この『エイジ』が連れて来る筈が無い。


 このエイジという男はあの『サイヨウ』の弟子らしい弟子で、師匠譲りの頑固な程に正義感を持っており『妖魔召士ようましょうし』の心得を重んじる昔気質の『妖魔召士ようましょうし』である。


(当然、ワシの考えに背いて袂を分かった間柄ではあるが、ワシを憎んでおったとしても妖魔の事に関してまで嘘を吐く奴ではない)


 それに――。


 ゲンロクがヒュウガに疑念を持たざるを得なくなった最大の理由。


 それはゲンロクの前に居るソフィと名乗った若者の目が、決して人を陥れようとする人間が、出来る目では無いという事であった。


 ゲンロクが人の上に立つ立場となって久しいが、これまでに多くの者と関わってきた。それこそゲンロクという立場の人間に媚へつらう者や、陥れようとするものに、利用しようとする者。あらゆる者をゲンロクがその目で見届けてきた結果。他者が何を考えているか、大体の事に見当が付く位にはゲンロクの目も肥えている。


 そんな彼の目から見てもソフィという男の目は、外道のする目をしていなかった。それどころか人並み以上に信用しようとする側の人間にすら見える。


 この若者と自分の為に動いてくれている筈のヒュウガの目と見比べてもその差は明らかであり、どうしてもヒュウガに疑念を抱かせてしまうのだった。


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