第898話 煽りの劉鷺

 突如として現れた背中に羽を生やした人型の存在は『退魔組』の退魔士『イバキ』を抱き抱えて逃亡を続けている。イダラマ一派最大の護衛剣士である『アコウ』と『ウガマ』。彼らは敵方の『スー』を倒した後、逃亡する二人を追いかけて森の中を駆け走っていた。


「中々に距離を詰められんな……」


 大男の『ウガマ』がそう言うと、並走している『アコウ』から返答があった。


「人を一人運んだ状態で俺達から逃げ遂せているのは大したものだが、そろそろこの展開は飽きたな」


 サカダイが管理する森の中を長い間走り続けている二人だが、全くスタミナが落ちておらず、会話を行う程の余裕を見せている。


「もうすぐ森を抜けてしまう。奴らの目的は『加護の森』へと誘い込んで『ケイノト』の連中に『結界』を通じて俺達の事を知らせようとしているのだろう」


「どうする? イダラマ様が何もしなかったという事は、このまま取り逃がしても問題はないと判断されたからだと思うが」


 劉鷺りゅうさぎたちが走り去った後、直ぐに追尾を開始した二人だったが、イダラマの思惑は理解しているようであった。


「まぁ、このまま逃がしてやってもいいんだがよ」


 そう言いながらも長いピアスを耳につけた男『アコウ』は腰鞘から刀を引き抜いた。


「イダラマ様の古参護衛が二人揃って追いかけてむざむざと逃したとあったら、他の奴らに示しがつかねぇだろう?」


 そう言って走りながらアコウは刀に力を込め始める。


「うむ、正にお主の言う通りだな」


「へっ、ようやく気が合ったじゃないのよ」


 並走しながら二人は笑みを浮かべ合う。


「いいか? 俺が仕掛けるから貴様は、奴の態勢が崩れたところを狙え!」


「合点承知!」


 ウガマからの返事を受け取った後、アコウはその場で立ち止まり、目を瞑って精神を統一させる。その間にも並走をしていたウガマは、その先を行く劉鷺りゅうさぎたちを追いかけて行く。一人その場に取り残されたアコウだったが、一切の意識を断ち切るかの如く、自分の刀以外に意識を向けない。


 ――やがてアコウは目を見開き、手にかけていた刀を前方へと振り切った。


 アコウの放ち切った衝撃波はあっさりと、自分を置いて前へ向かっていったウガマを追い抜き、恐るべき剣圧を以て、その更に前方に居る劉鷺りゅうさぎたちの元へ向かっていく。


 後ろを振り向かなくても『劉鷺りゅうさぎ』は迫りくる敵の一撃を察知する。イバキは『解放の行かいほうぎょう』を行ってくれている最中だったが、間に合うかどうかは微妙である。


 必死に『劉鷺りゅうさぎ』は脚に力を入れて走りながら、空へ跳躍する為に背中の羽を羽搏かせ始める。


「律」


 真後ろというところまでアコウの放った衝撃波が迫った瞬間。イバキは『解放の行かいほうぎょう』の詠唱を終えて『劉鷺りゅうさぎ』との『式』が解除された。


 ――この瞬間。本来の妖魔としての劉鷺はその力を取り戻した。


「主殿、しっかり捕まってろよ!」


 『式』であった頃の劉鷺りゅうさぎと、本来の妖魔に戻った劉鷺りゅうさぎ。同じランク『3』である以上、そこまで大きく力が変わったわけではない。


 しかし僅かに『式』であった頃より、微々たる差ではあるが今の方が力がある。だが、その微々たる差が結果を変える。


「逃すかっ! とった!!」


 羽を使って空へと飛翔してみせた劉鷺りゅうさぎの元に、大男『ウガマ』が、劉鷺りゅうさぎの脚を掴もうと迫ってきていた。


劉鷺りゅうさぎ!!」


 両腕に抱き抱えられていたイバキが、背後から跳躍してきたウガマを見て大声をあげる。


「分かっているさ、主殿」


 羽を使って空中に浮いている状態でくるりと体を一回転させながら、自分の足を掴もうと手を出してきていたウガマの顔を劉鷺りゅうさぎは思いきり足蹴にしながら衝撃波を躱す。


「うぎっ!」


 そして反動を利用して更に高く飛び上がって見せる。


「ふははははっ! 人間、!」


 鼻血を出しながら地面へと落されていくウガマに、煽り散らかすようにそう告げた後、翼をバサバサとはためかせて、一気に鷺の妖魔『劉鷺りゅうさぎ』はその特性を生かすように、天空を駆け抜けて森から恐るべき勢いで離脱していった。


「ぐ、ぐぅううっっ!!」


 まるで猫のように空中で体を器用に回転させて、地面に着地をした大男の『ウガマ』は、もう見えなくなった空を仰ぎ見て自分を利用されて逃げられた事を悔しそうに呻いた。


 そしてようやくウガマに追いついたアコウは、悔しそうにしているウガマに声を掛けた。


「あーあ。してやられたな。おい……! もう追いつけねぇんだ、さっさと頭を切り替えろ」


「うるせぇっ! あの野郎は次にあったら……! 俺が殺す!」


 普段であれば逆の立場であり、キレやすいアコウをウガマが宥める間柄だったが、今回ばかりは空を睨み続けて悔しそうにするウガマを逆にアコウが落ち着かせるのだった。

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