第870話 静かな殺意

 イバキ達が『ケイノト』から『加護の森』へと向かっている所、サカダイの管轄地域である森の先の洞穴で結界を張って様子を見ていた『イダラマ』に動きがあった。 


「俺達が狙いかどうかは分からないが、数十人規模の人間が一斉にこちら側に向かってきている」


 『イダラマ』がそう告げると、洞穴に居た者達が一斉に得物を手にする。


「『ゲンロク』が俺達の潜伏先を気づいたのか!」


「五人や六人程度ならいつもの妖魔討伐だろうが、流石に数十人が一斉に向かってきているのならば、俺達が狙いでしょうな」


 長いピアスを耳に付けた男『アコウ』と、狐の面をつけた大男である『ウガマ』が同時に喋り始めて、指示を仰ごうと一斉にこちらに向かってくる者達を察知した『イダラマ』の方を見る。


「まだ俺達を狙ってきたかどうかは分からない。奴らが『加護の森』の方へ行くならば、このまま様子を見る。だがその先の森林の方へと足を延ばして来たならば、敵と断定し全滅させる」


 イダラマがそう言うと『アコウ』や『ウガマ』。他の狐面をつけたイダラマの護衛達が一斉に頷く。


「やれやれ、悠長だなぁ。追手の疑いのある奴らが迫ってきたというならば先手必勝、即処刑が定石だよイダラマ」


 目をギラギラとさせた青い髪の少年『アレルバレル』の世界の魔界中の魔族達に、何を考えているか分からないと恐れられた『』の異名を持つ大魔王『エヴィ』が笑いながらそう告げた。


 煽るようにそう呟いたエヴィに、長いピアスを耳につけた『アコウ』が再び注意をしようと一歩エヴィに近づくが、それを遮るようにイダラマが口を開いた。


「敵の数があまりに多すぎる。それに『式』を待機させてこちらの出方を窺い、罠にかかるのを待っている可能性もある。今俺達は後ろ盾が無い状態。もう少し様子を見るのがいいと思うがな『』よ」


 エヴィの事を麒麟児と呼ぶイダラマが冷静に言い返すと、エヴィは渋々と頷く。


「アンタたちの使う『式』って奴は面倒だよねぇ。多方面に一斉に放たれた場合、一気に沈めるのが難しいよ」


 エヴィがそう言うとその場に居た狐面をつけた数人が震え出す。どうやら過去にエヴィが手を出したところを見ていた者達だろう。その中でアコウやウガマが無言で『魔力』を纏うエヴィを冷静に見つめるのだった。


「だが、準備だけはしておけ。このままこちら側に向かってくるようであれば、お主にも協力してもらうぞ」


「分かっているさ、でもイダラマ? 君も約束は守ってくれよ」


 エヴィはそう言うと、魔力回路に貯めてある魔力を『スタック』させ始めるのだった。


 ……

 ……

 ……


 『退魔組』所属の退魔士達は『加護の森』に向かっていた。退魔士達の使役した『式』の背に乗って移動を行っている為、かなりの速度が出ており、直ぐに森が見えて来るのだった。


 しかし加護の森に近づいた時、直ぐに退魔士達は森の異変に気付いた。何故ならば遠目から分かるほどに、加護の森が様変わりしていたのである。地面には亀裂が至る所に入り、木が拉げていたり真っ二つに割れている。


「例の二人組と出会った所は、もっと森の奥だった筈なのですが……!」


 ミカゲはソフィ達と交戦を行った場所へ案内しようとしていたが、その場所へ向かう前に、森のあまりの様変わりに驚きの声をあげていた。


「どうやら相当に戦闘が激しかったようだな。魔力の残滓を見るにこの場所での戦闘は、だいぶ前に終わっているようだが、タクシンもその二人組とやらの姿も見当たらないな」


 そう話すイバキに頷きを見せながら『スー』や『ミカゲ』は周囲を見渡す。この時にはもうすでにソフィ達は森には居らず、タクシンもこの世を去っているのだが、この段階ではまだイバキ達は知る由も無く、戦闘の跡が残るその場所を注意深く見渡しながらゆっくりと、森の中へと入っていくのだった。

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