第786話 温もりの中で

 アレルバレルの世界にあるフルーフの魔王城は現在、ソフィやブラストによって多重の結界が施されている為『概念跳躍アルム・ノーティア』で跳ぶ場所も指定されている。


 直接フルーフの居る階層へは跳ぶことが出来ない為、魔王城の玉座の間にある指定場所に降り立ったレアは、当初の予定通りに真っすぐに魔王城のフルーフに宛がわれている部屋に向かう。ソフィの準備が出来たという事を親であるフルーフに伝えに来たのである。


 しかし今のレアはそれだけでは無く、この城の地下牢に閉じ込められているヌーの事について、親であるフルーフにどうするのかを問いただすつもりなのだった。


(私はアイツを許すつもりは無いわよぉ……!)


 レアは苛立ち交じりに魔王城の三階まで駆け上がると、フルーフの居る部屋まで辿り着いた。


「失礼します、レアです! フルーフ様、いらっしゃいますか!」


 どれだけ急いでいても勝手に入るような失礼な真似はしない。コンコンと扉をノックして中に居る筈のフルーフに声を掛けるレアであった。


「むっ? レアか? 思ったより早かったでは無いか」


 中からフルーフの声が聞こえたかと思うと、扉が開かれる。

 レアはフルーフの姿が見えたと同時、その胸に飛び込んでいく。


「おおっ! どうしたというのだレアよ」


 急に抱き着いてきた愛娘の様子に驚くが、フルーフはそっと両手でレアを抱きしめながら心配そうに声を掛ける。


「フルーフさまぁ! を自由にさせるつもりなのですかぁ?」


 フルーフは少しだけレアを抱きしめる手を強めたかと思うと、そっと部屋の扉を閉める。



「ソフィにヌーの事を聞いたのか?」


 レアはフルーフに抱き着いたまま、顔を胸に埋めながら静かに首だけを縦に振る。 


「……そうか。だが安心せよ。ワシもこのまま奴をアッサリと解放するつもりは無い」


 その言葉にレアは顔をあげる。


「ワシとお主が共に歩む筈だった数千年を奪っておいて、何も無く済ませてなるものぞ。のう? レアよ」


 、再びフルーフの胸に顔を埋めながら何度も何度も頷くのであった。


「ソフィは配下や仲間を大事にする奴じゃ。お前もそれは分かっておるだろう?」


 レアは何かを考えるように顔をあげたが、やがてフルーフの言葉に頷きを見せる。


「ようやくその大事な者の所在が分かりそうなのだ。交換条件を提示されて悩んだかもしれぬが、奴の性格上頷く他なかった筈じゃ。もしワシがソフィと同じ立場であったなら、そこでもしお主が、別世界で捕らわれておって、その居場所をヌーが知っておったなら、ワシも頷いておっただろう。だから、ソフィをせめないでやってくれ」


 レアがヌーを自由にすると告げた時に、ソフィに抱いた感情を正しく理解したフルーフは、その矛先がソフィに向かぬようにと話を屈折させずに、丁寧に丁寧に話を形成させていく。


 本心では最初にレアに告げた通り、とてもフルーフはヌーを許すことは出来ない。ソフィがリラリオの世界へ行ってからもフルーフは思い悩んでいたが、時間が経った事でようやく少しは冷静になる事が出来たのである。


 ここでレアがソフィに対してなどを抱いてしまえば、また別の問題が生じるかもしれないと考えたフルーフは、何とかレアを納得させようと、そして安心させようと話すのだった。


 レアはその聡明な頭を必死に働かせて、やがてフルーフの言葉に首を縦に振るのだった。


「うむ、お主は本当に優しいいい子じゃ。本当に偉いぞ」


 そう言ってフルーフはレアの頭を撫でながら、笑みを見せるのだった。


 かつて『レパート』の世界で配下と呼べる者は多く居たレアだったが、信頼できる仲間や友人はとても少なかったレアは、フルーフという親がだった。


 そんなフルーフを奪ったヌーをレアはどうしても許す事が出来なかったが、こうしてそのフルーフが無事にレアの元に戻ってきてくれた。だったらもうレアは後の事は子供らしく、


 ――もう無理に気を張る事は無いと考える。

 こうして安心させてくれるフルーフという親がいるのだから。


 その事を正しく理解したレアは、ようやく胸の辺りに蠢いていたモヤモヤが晴れていくのを感じるのだった。


「フルーフ様、ありがとう……!」


 レアの笑顔を見たフルーフは嬉しそうに頷き、そして優しくその手で胸の中で、必死にしがみついているレアの頭を撫で続けるのだった。

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