第772話 止まり木

 それからしばらく抱き合っていたソフィとリーネ。

 何かを話そうとするソフィの口を有無を言わさず唇で抑え込むリーネ。

 ソフィはそんなリーネを愛しく想い、何度も何度もそうしてベッドの中で抱き合っていた。


 リーネは若い自分の発言でソフィを励ます事は、これまでのソフィの行いに対してとても失礼な事なのだと判断し、ではそんな彼女が、自分を選んでくれたソフィに出来る事は全身全霊で彼を元気づけて、彼に自分の気持ちを伝える事だと選んだのである。


 そしてソフィもそんなリーネの気持ちに、とっくの昔から気づいている。

 されるがままに、そしてしたいがままに二人の感情は、ベッドの中で荒れ狂うのだった。リーネは自分の出来る全てで必死にソフィに伝える。


 


 ――疲れたソフィが何も考えずに帰ってこられる。止まり木の場所を自分が担うと、必死に伝えるリーネであった。


 ……

 ……

 ……


 ソフィは情事を終えた後、屋敷の庭に出てベア達と戯れている。

 その様子を屋敷の一室の窓に、頬杖をつきながらリーネは柔らかい笑みを浮かべながら眺めていた。


(……多分、貴方はまだ私にも隠している事があるわよね? 今はまだ伝えられない事なのでしょうけど、きっといつか話させてみせるわ)


 かつてはリーネがソフィを追いかける立場だった。しかし少しずつではあるが、その情勢は変わりつつあり、こうしてソフィから歩み寄って来るようになった。


 リーネはそれが何よりも嬉しく思いながら、いつかは本音を聞かせてもらえるようになろうと、心に誓うのだった。


 …………


 ソフィが庭に寝そべるとベイルやハウンド達がソフィの近くに寄ってきて、撫でて欲しそうにお腹を見せて来る。ハウンド達は、ソフィに撫でられると幸せそうな声をあげて鳴く。ソフィはハウンド達を撫でながら物思いに耽る。


(……我は確かに。あのまま一線を越えるような真似をせずに、我と共に世界の行く末を考えて欲しかった)


 道を逸れて行ってしまった元人間のミラを思い浮かべながら、ソフィは撫でる手に少し力を入れる。

 しかしハウンド達はそのソフィの手の強さも心地良かったのだろう。

 目を細めながら、再び気持ちよさそうにしている。


(ミューテリアが人間達に真実を明かせば、人間界は必ず混乱を引き起こすだろう。それまでに我がこの世界に戻ってきたという事を魔界の魔族達に知らしめる必要がある。そうでなければ混乱に乗じて我や『煌聖の教団こうせいきょうだん』が、居なくなったと勘違いした魔族達が人間界に攻め込む者が出てくるかもしれぬ)


 出来れば人間達が真実を知った時までに『九大魔王』全員を揃えておきたい。魔界の主要大陸に魔王軍を配備し、指示を出せる九大魔王クラスの幹部を抑止の為に派遣する必要があるからである。


(……一番の理想は『アレルバレル』の世界の『人間界』で、我を倒せる者が生まれ出てその後は魔族と協力して世界の平和を創れる物なのだがな)


 ぽつりとソフィは、リーネにも言っていない本心を呟くのだった。


 気が遠くなる程の長い年月を生きてきて、この世の全てを知り尽くしているような、魔族のレイギアでさえ、ソフィの作る平和が恐ろしいと言っていた。


 人間達にとっては、それ以上に受け入れられない事だろう。


 アレルバレルの真の平和は、ソフィが統治者である間には訪れないのではないだろうか。

 ソフィは『リラリオ』の世界での経験を基に、少しずつそう思うようになってきていた。


 しかしそれでもソフィが統治者である間は、人間界に魔界の魔族達を近づけないようにし、これまでのように、を継続させていくしかないだろう。


 結局は三千前の時代に戻って、物事を考えなければならないという事である。


 長い寿命を持つ魔族が考える妥協点。潤沢な寿命を使って、使


 大魔王ソフィを打ち負かせる程の者が育ち、彼以上の平和を創り出せる者が出現するのを期待するしか無かった。限りなく確率は低いが、それは決してゼロでは無いのだから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る