第635話 女帝に睨まれた龍

 魔人族の大陸と龍族達の住む大陸の丁度中間付近にある海の上でエイネは、遂にこちらに向かって迫って来る龍達の大群を視界に捉えた。


 龍達もエイネが単独で空を飛んできているのをその目で視認するが、立ち止まる気配は無く、そのまま過ぎ去ろうとするが――。



 エイネが一言そう告げるだけでイルベキア軍のブルードラゴン達は、一斉にその動きを止めて立ち止まった。厳密には、という方が正しいだろうか。


 ブルードラゴン達は今だかつて経験したことがない程の圧力。

 その『大魔王のオーラ』をその身に浴びた事によって、生存本能が動く事を拒否したのである。

 そしてエイネはそれが当然の事だとばかりに、龍族達を見た後に再び口を開いた。


「お前達の指揮官はどいつ? 三秒待って名乗りをあげなければ、皆殺しにするわ」


 エイネはそう告げると可視化させた鎖を発動する。


「一……、二……」


 エイネが右手を天に翳すと鎖は意思を持ったかの如く動き出したかと思うと、ブルードラゴン達の首に巻き付いていく。


「三……」


 エイネの目が殺意に満ちた目に変わり、鎖に魔力を点火させると、その場に居る数千のドラゴンの首を引きちぎろうと鎖が力を持ちオーラを纏い始める。


「「うぐっ……!!」」


 その場に居た全ての龍族達が苦悩に表情を浮かべ始める――。


「死ね」


「ま、待ってくれ! 私だ、私がこの龍達を束ねる者だ!」


 その声が聞こえた瞬間――。

 龍族達の首に絡みついたままではあるが、鎖に纏われたオーラが消えるのだった。


「……前に出ろ」


 大魔王の言葉にあっさりとヴァルーザ龍王は、エイネの前に出てくる。

 ヴァルーザ龍王はエイネの目を見た瞬間に、先程まで考えていた事が頭からきれいさっぱり消えてしまった。目の前の女が魔族とか、魔人族とか、人間とか、精霊とかそんなモノは一切関係がなかった。


 ――分かっている事は間違いなく、目の前の存在は自分よりも『ガウル』よりもそして『


「お前がこいつらの指揮官か?」


「!?」


 『ヴァルーザ』龍王はエイネの瞳を見たことで、震えて言葉が出てこない。


「お前が指揮官か?」


 エイネの目が再び『金色』に輝くと『ヴァルーザ』龍王の首にかかった鎖が発光し始めた。


「そ、そうです!!」


「喋る事が出来るのならば、さっさと返事をしなさい! 言葉を出すだけでどれだけの時間をかけたら気がすむのですか!! 次は待ちませんよ? 


「も、申し訳ありません! お許しください!!」


 周囲に居るイルベキアの龍達は、自分達より強い筈の『イルベキア』国の『ヴァルーザ』龍王の変貌ぶりに驚きながらも動く事が出来ず、成り行きを見守るしかなかった。


「お前達は魔人族の大陸に向かう途中ですね? 何をしに行くつもりですか?」


「わ、我々はスベイキア国のイーサ龍王のご命令により、これより魔人族に対して全面戦争を行う為、スベイキア国とイルベキア国とハイウルキア国の三か国で魔人共を襲撃をする予定です!!」


「そう。別に私は貴方達に魔人族と戦争をやめろというつもりはない。私が今からいう事を守れば、予定通りに襲撃に向かって結構よ」


「え」


 どういう事なのか恐怖で全く頭が回らないヴァルーザは、黙ってエイネの言葉に耳に傾ける事にした。


「いいですか? 一度しか言いませんからしっかりと頭に記憶しなさい。まず私は魔族『エイネ』といいます。魔人族の大陸には私と同じ魔族が居ます。貴方たちは予定通りに魔人族と争って構わないけれど、魔人族に従わされている魔族を攻撃する事は止めなさい? そして可能であれば魔族達を説得し当分の間は貴方たちの大陸で手厚く保護をしなさい」


「む……無茶な! そ、そんな事は軽々しく約束出来な……」


 次の瞬間『女帝』エイネはその場にいる龍族全員の首に掛けられた鎖から『魔力』を全て奪うのであった。


「無茶でも何でもいいからやりなさい。やらなければこの場でお前達死ぬだけです」


 イルベキア軍の数千の龍族達は全員が震えあがった。

 自分達が『魔力枯渇』による眩暈を引き起こしている事を実感し、このままでは冗談でも何でもなく本当に殺されると理解したようである。


「ど、どど、どうすれば……!」


 芝居でも何でもなくヴァルーザ龍王は、本当にどうすればいいのか、その判断が出来ないようだった。仕方なく溜息を吐くと『エイネ』は、先程のヴァルーザの言葉を思い出しながら口を開いた。


「『スベイキア』とかいう国の王とやらが今回の全面戦争を決めたのだったかしら。その王に今から一体の魔族が会いたいと告げているとこの場で直ぐに伝えなさい」


「そ、そんな事が出来る筈が……」



 エイネは器用にヴァルーザに自身の魔力の余波を向けた。

 この場に居る他の龍族達では、即座に絶命する程の魔力だが、ヴァルーザであればギリギリ生き残る程の余波であった。


 最早エイネの中で『ヴァルーザ』という龍族の『力』を全て把握したようで、どれくらいまでやれば生命を終わらせる事が出来るのかを完全に理解した上で脅しをかけるのであった。


「グッ……! わ、分かりました……!!」


 直ぐにヴァルーザ龍王は、エイネに従いイーサ龍王に『念話テレパシー』を送るのだった。


 イーサ龍王に連絡を取り始めたヴァルーザを見ながらまるで、威嚇をするようにエイネはオーラを発する。


 その姿は先程まで『ソフィ』に気に入られているとフルーフに言われて、照れていた様子は一切感じられない。今の『エイネ』の姿こそ、現在の『アレルバレル』の世界で『九大魔王』の『女帝』と恐れられる『』の姿であった。


 ……

 ……

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