第532話 最強でありたいという心構え

「シスが帰ってこない……」


 トウジンの医務室で買ってきた水をラルフに渡した後、シスの帰りを待っていたユファ達は、いつまでも戻ってこないシスに、何かあったのではないかと考え始めるのだった。


 レルバノンとディネガーは試合が終わってから、皆に挨拶を済ませて直ぐに『レイズ』魔国のギルドに用事を済ませに帰っていた。


 現在この場に居るのは、先程までベッドで寝ていたキーリとラルフ。そしてその看病をしていた、レアとユファの四人である。


「そういえば、お前と入れ替わりでアイツは出て行ったよな?」


 キーリの言葉にユファはまさかといった表情を浮かべた。


「少し魔力感知で探してみるわ!」


 そう言ってユファは慌てた様子を見せながら、廊下に出ていくのだった。


「魔力感知をするなら別に部屋を出て行かなくても、いいんじゃないかしらぁ?」


「ああ。どうやらアイツも気が動転しているんだろうな……」


 そう言って互いに顔を見合わせる。そして場に何とも言えない空気が流れるのだった。


先輩ユファのあんな焦っている姿。私でも数える程しか見たことがないわねぇ……)


 ……

 ……

 ……


 リディアとエルシスは『トウジン』の本国を出てきていた。

 今の三国同盟が結ばれる前、この辺りは当時のラルグ魔国王である『シーマ』の起こした戦争によって、一度は主だった街や拠点なども壊滅しており、この辺は『トウジン』本国以外何もなく、見渡す限り広い平野が広がっている。


 トウジン魔国が復活を遂げられたのは、本当の意味でソフィ達のおかげである。

 建物等は修復できるといっても、他の街から流通なども無ければ街として機能等出来ない為に、闘技場や冒険者ギルド等といった施設が出来なければ、今頃は『トウジン』魔国はなかったであろう。


 しかし戦うという意味では『トウジン』魔国の外は何もないために好都合ではあるといえた。


「さて、キミは強くなりたいと言っていたけど、ソフィと戦う事が目的なのかな?」


 この場所にリディアを連れてきたエルシスは、後ろを振り返りながらリディアに尋ねる。

 エルシスの唐突な質問だったが、即座にリディアは首を横に振る。


「いや、違う! 俺はソフィと戦いたいのではなく、!」


「ふふ。そうだろうね? 君ならそう言いそうだなと思っていたよ」


「心構えとしては悪くはないんだけど。彼に勝つ事は容易ではないという事は、理解しているよね?」


「ああ、もちろん。ソフィを倒す事よりこの世界に存在する


「ふふ。君の例える表現は面白いね? でもそうだよ? 君は単に例え話で言ったつもりなのだろうけど、実際に彼を倒す事が出来たなら『アレルバレル』の世界でになれるからね?」


 エルシスの使った最強という言葉に、リディアは深く関心を寄せた。

 その様子をじっくりとエルシスは観察して『『ソフィ』に勝ちたいのかを理解するのだった。


(どうやら彼はソフィとのボクとよく似ているようだ)


 ――長い間、自分より強い者と出会う機会がなかった人間が、ある日突然に自分より強い者に出会い敗北する事で嬉しいという反面。沸々と悔しいという感情が生まれ出てくる。


 そしてに勝ちたいという感情に気づき、今まで以上に強さを求めるようになる。エルシスも過去には、その道を通ってきたのである。


 ――最初は自分より強い者が居ないんじゃないかという怖さを覚えて、そしてこれ以上は成長が出来ないのではないかという不安を覚えて、更にはようやく自分より強い者に出会った後に安堵を覚えるが、今まで自分より強い者に出会わなかったが為に、どうすれば強くなれるのかに悩む。


 そして最後には悩んだ後に、失った自負心を取り戻したいという感情が芽生えるのである。


 目の前のリディアという男は、ソフィという『』に出会った事で、敗北を覚えたのだろう。そして一つの願望が満たされた事により、次の願望である『』という感情が芽生えて、齷齪あくせくしている最中であるのだろうとエルシスは考えるのだった。


 エルシスは当時の自分を思い出して、少しばかりお節介を焼きたいと考えた事で、その気持ちを共有出来る『シス』は尊重したのである。


 前回の事があって『エルシス』に気を許している『シス』には、その感情が今はある程度伝わるようになっている。だからこそシスは、この場をエルシスに任せたいと願ったのであった。


「君はどうやら強くなれる方法をようやく最近見つけたようだね? 長く悩んでいた事が解決されて、その方法をもっと試していけば、もっと強くなれると思っている」


 リディアは『レキ』に使を教わった事で、確かに前へ進むことが出来た。レキと出会わなければ、キーリに勝つことは難しかっただろう。


 『金色のオーラ』を纏う事が出来なければ、最初の一撃で終わっていたかもしれない。


「確かにやり方はどうあれ強くなるのなら、間違っているとは言わないのだけど、君の『金色のオーラ』はどうやら本来の纏える力の……。いやにしかなっていないんだよね」


「なんだと?」


 見た目は全く本来の『金色のオーラ』と変わらない上に、そもそも『金色の体現者』は、先天性のモノであるために間違っていると言われると、それを否定する材料を『リディア』は持ち合わせてはいなかった。


「それを教えた者はきっと、君の事を丁寧に強くしようとしたワケじゃないだろうね。そしてその教え方をみるに、どうやら良くない方向へと君を導いて行きそうだ」


「……」


 リディアはエルシスの言葉を聞いて、確かにあのレキという魔族であれば、有り得ると考えるのだった。


「君の適正は『』ではないし『』でもないとボクは思う。だからまずはそこから直していこうかな」


 そう言ってエルシスは、『金色』を纏い始めるのだった。


 ……

 ……

 ……

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