第517話 リラリオの魔族の始祖

 修復作業が行われる前の闘技場の正当なランクボスを務めていたキーリは、ユファの治療を受けていたラルフの容態を見る為に医務室に足を運んでいたが、リディアが闘技大会ルールに則っていた事に加えて、ユファの処置が早かったのもあり、命に別状は無いようだった。


 ラルフに安静にするようにと告げてキーリは部屋を出る。

 そろそろエキシビションマッチの二回戦目が始まるからである。


 キーリが医務室を出た直後、同じようにラルフの様子を見に来ていたソフィが部屋を出てきた。


「キーリよ、少し良いか?」


「ソフィ様? ああ分かったぜ、選手控室でもいいですか?」


 敬語を忘れていたキーリがとってつけたような口調で言う。


「うむ、そうしよう」


 闘技場の廊下はソフィ達以外居ない為にとても静かだった。キーリはリディアとの『エキシビションマッチ』が控えている。


 そんなキーリはリディアの事だろうなとアタリをつけながらも、ソフィの言葉が気になるのだった。やがて二人は沈黙を貫いたまま、ラルフが使っていた選手控室に辿り着いた。今は係員や職員などの姿はないようで、部屋の中は誰も居なかった。


「それでソフィ様? 話ってのは一体?」


「試合前にすまぬな。しかしどうしても聞いておきたい事があってな」


 始祖龍キーリにとっては、闘技場の試合程度で緊張するような領域に居ない。

 全然気にしていませんという態度を見せるようにソフィに頷きを返す。


「……確認しておきたいのだが、レアが来る前までお主がこのを支配していたのだったな?」


 試合に関する事を聞かれると思っていた為に、その内容にキーリは少し戸惑いながら口を開いた。


「えっと、そうだぜ。じゃなくて。ですよ? 直接あらゆる種族に命令をしていた訳ではないから、支配って言っていいのか分からねぇけど、魔族や魔人共が好き勝手に暴れ始めた時には、俺達龍族が出向いて調停みせしめを行ったりして種族の争いを無くす為に安寧をはかっていました」


 未だにソフィと話す時の言葉遣いがブレブレだったが、尋ねられた事には、しっかりと考えて答えるキーリだった。


「その頃に、は居たか?」


「え? 魔族ですか? 潜在的に大きな力を持っている魔族は確かに居たけど、後からこの世界に来たレアに比べるとどの魔族も大したことはなかったぜ? あ、いや。なかったですよ」


 ソフィはキーリの表情を見るが、嘘を言っているようには見えない。


「……ではお主は『レキ・ヴェイルゴーザ』という名に心当たりはないのか?」


「レキ・ヴェイルゴーザ!?」


 キーリはソフィからレキという名を聞いて直ぐに一体の『魔族』に思い当たった。


「どうやら何か知っていたようだな?」


 キーリの驚いた様子はその名を知っていると暗に告げていた。


「ああ、そいつの事は勿論知ってるよ。レキって野郎はこの『リラリオ』の世界のの名前だ」


 キーリの口ぶりから省みるに、どうやらレキこそがこの世界の魔物達を生み出したでの『リラリオ』の『原初の魔王』なのだろう。


 魔族の始祖がレキだけとまだ決まったわけではないために、というのが『レキ』という男の事かどうまでは分からないが、それでもその『』に数えられる魔族の一体であったことは間違いがなさそうだった。


「……でも何でソフィ様がレキの事を知っているんだ? アイツを知っている奴なんて、今のリラリオの世界じゃ、長寿の龍族でも俺を除いて居ない筈だけど」


 ――『レキ』が魔族の始祖だというのであれば、この『キーリ』は龍族の始祖である。

 『レパート』の世界からこの世界に訪れた当時のレアでさえ、すでに数千年前の話なのである。


 『レキ・ヴェイルゴーザ』が生きていた時代など、それこそ気が遠くなる程にいにしえの事だろう。


 最近この世界に『転移』させられてきたソフィが、この世界の魔族の始祖である『レキ』の事を知っている筈が無いとキーリは考えたのだった。


「……キーリよ、すまなかった。お主はひとまずリディアとの戦いに集中するのだ。この話はまた後日に改めて話をしようと思う。本当に試合前にすまなかったな」


「ああ分かったよ、ソフィ様!」


 キーリが返事をした直ぐ後に、この控室をノックする音が響いた。


「すみません、キーリ様。そろそろお時間ですので、準備の方お願いします」


 どうやら試合の準備が整った事を知らせに来た職員のようだった。


「ああ、分かった。すぐ行くよー!」


 キーリがそう返事をすると、職員はお願いしますと一言告げて控室を出て行った。


「それじゃあソフィ様。行ってくるよ」


「うむ。本当に邪魔をして悪かったな。お主が今のリディアの実力を測り、そして我にお主の強さを見せてくれ!」


 リディアが如何に強くなっていたとしても『始祖龍』である『キーリ』にはまだまだ敵わないだろう。しかし今のリディアの力量を測るには、キーリ程の実力が無ければ難しいだろうと考えるソフィだった。


「分かったぜ! それじゃ行ってくる」


 キーリは敬語を完全に忘れてソフィに手を振り、控室を出ていくのだった。

 一人残されたソフィは控室の中で先程のキーリの話した内容の『レキ』の事を考え始める。


「まさかこの世界の『』だったとはな……」


 ……

 ……

 ……

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