第500話 ラルフの強み

「戦い方か……。確かに少しでもダメージを与えられる相手であれば、工夫と戦闘方法で勝機を見出す事は可能だけど、その分相手はかなり有利な戦いを行える訳だし。どちらにせよ相手より戦力値が低いこの子の場合、短期決戦で勝負を決められないと厳しいでしょうね」


 あの二刀を構えた人間は『金色の体現者』である事は間違い無いだろう。


 つまり純粋なが可能なリディア相手に勝つためには、相手が油断してくれるという過程の上で、ラルフが速攻を用いて相手に防戦一方を強いた上で相手の急所を突いて、短い時間で勝負を決めなければならないだろう。


 ――勝率の低い計算になる事は、間違いがなかった。


「でもねぇユファ先輩? 私たちの世界ではたとえ1%でも勝率が残されているのなら、どんなに不利な場面でも、その1%に『命』を掛けて戦わないと生き残る事は出来ないし、むしろ1%も残されているのなら喜ぶべきではないですか?」


 『アレルバレル』の世界ではいくら戦力値に差があったところで、生き残るためには工夫を重ねて敗北が濃厚であっても戦わなければならない。大魔王同士の戦いの中では、いくら余裕がある相手であっても油断はできない。


 戦力値が如何に低くても力だけが特化しているものが、全力で振り切った拳一発で勝負が決まる事もある。つまり『金色の体現者』が相手であろうとそれは変わらない。


 その点ではラルフに1%でも勝利が残っているのなら、諦めるにはもったいない状況ではあった。

 リーシャとレアはかつてエイネにそう教えられたのである。レアもまたエイネとの模擬戦でその事を学んで強くなっていった。


「今、お兄さんと戦ってみた感想なんですけど、このお兄さんなら戦い方次第では『大魔王』が相手でも勝てる確率はあると思うんですけど、相手の人はどれくらい強いのですか?」


 ユファはリーシャの『という言葉を聞いて少し眉を寄せたが、言葉のあやだろうとそのまま流して口を開くのだった。


「前回戦った時は私が勝てたけど、彼もあの時のままではないでしょうし。まずあの子は『金色のオーラ』を纏っているのよね」


 わざわざ絶望的な事を口にするのも良くはないと思いながらも、懸念は伝えておくべきだと判断して、リーシャにラルフの対戦相手の情報を伝える。


「そうですねぇ。金色を纏える相手でしたら、戦力値ではどう足掻いても勝てないでしょうねぇ。その相手が『魔族』じゃなければ『紅い目スカーレットアイ』は使えないと思うんですけど『金色の目ゴールド・アイ』は使えるのでしょうか?」


「どうだろう……。前戦った時は使ってこなかったけど、もしかしたら使い方を知らないだけなのかもしれないわね」


紅い目スカーレットアイ』や『金色の目ゴールド・アイ』は幼少期から戦いに常に身を置いて自身より強い者と戦いながら、色々と学んでいくものである。


 しかしこの世界にはそもそも身近に『魔王』すら居なかった世界である。

 リディアが多くの『』や『魔瞳』である『金色の目ゴールド・アイ』を使えないと判断してもいいだろう。


「成程。相手が『金色の目ゴールド・アイ』が使えないなら、いくらでも方法はありますよ」


 にやりとそこでリーシャは笑う。


「でもこの子も『紅い目スカーレットアイ』や『金色の目ゴールド・アイ』は使えないわよ?」


 リーシャはその言葉に首を横に振る。


「ユファ様? このお兄さんは『金色の目ゴールド・アイ』がなくても、相手を僅かな時間止める事は出来る筈ですよぉ?」


「え?」


 そんな方法身につけていたかしらと、ユファは身体を横にしているラルフに視線を向ける。


「だって実際お兄さんが私に攻撃を仕掛けた時、私も一瞬だけ動きを止められたんですもの」


 ユファも先程の戦いは見ていた。しかしリーシャがラルフに動きを止められたようには見えなかった。


「嘘でしょう? そんな風には見えなかったし。そんな技はこの子は持っていなかった筈……」


 ラルフを弟子にしてから何度も手を合わせたユファはそう断言する。


「これまでは多分ユファ様には向けられなかったのでしょうねぇ」


「私には向けられなかった? 一体何を?」


「それは『殺意』ですよ。ユファ様」


 ユファは理解は示したが納得は出来なかった。


「信じられませんか? 殺気はどんなに弱い者から向けられたとしても、向けられた方は普段通りの冷静さを保つのが難しくなるものでしょう?」


 言いたい事は分かるが大魔王の上位に位置するリーシャが、ラルフの殺気でコンマ数秒程度とはいっても止められたというのが信じられなかった。


「このお兄さんの殺意は、堂に入りすぎていましたよぉ」


 そう言うリーシャは、真顔で横になっているラルフを見る。


「たとえそうだとしても、たかが殺気程度で『金色の目ゴールド・アイ』と、同じ効力を持たせるとは思えないけどね」


 常に合理的に物事を考える傾向にある『魔』の探求者にありがちな発言に、リーシャは少しだけ悪戯心が芽生えた。


「ユファ様? ごめんなさい。先に謝っておきますねぇ?」


 そう言うとリーシャは笑みを浮かべる。


「え? 一体何を言って……!?」


 ――次の瞬間。


 リーシャが冷徹な目に変えたかと思うと、恐ろしい程の圧力がユファに襲い掛かった。そしてそれは明確な『殺意』を孕んだ視線に変わった。


「……くっ!」


 ユファはその視線を見た瞬間。身体が硬直して、全身から汗が噴き出した。


? 何をされるんだろうとか、怖いとかそういう感情よりも先に本能で動けなくなるものなんですよ? これがという、意識を持った状態の『殺意』です」


 淡々と解説をしてくれるリーシャだったが、ユファは比喩ではなく、


 これまで『レパート』の世界の『魔王軍』に所属して、何度も死線を潜り抜けてきたユファだったが確かに現実に動けなくさせられた。


 リーシャが謝罪をしながら普段通りの視線に戻した事で、ようやくユファは動けるようになった。


「怒号を発して声を荒げたりしなくても『』は、相手の行動を狂わせる事が可能なんです」


「成程ね。確かにこの子は元々殺し屋だったみたいだし、そういうのも得意だったのかもね」


 ユファの言葉にリーシャは頷く。


「まぁ当然『金色の目ゴールド・アイ』と比較するには値はしないでしょうけど、お兄さん程の『殺意』なら、一瞬でも向けられた方は動けなくなるかもしれませんよぉ?」


 リーシャは自分の発言を自分の耳で聞きながら、ふと少し前の『アレルバレル』の世界で起きた出来事が、脳裏をよぎるのであった。


(……でも確かに例外はあるわねぇ。あのシスさんは、敵の親玉の『ミラ』ってやつの『』を受けても平然としてたし)


 リーシャはあの時に大賢者『ミラ』の殺意の余波を受けただけで脂汗を流したが、大魔王『シス』はその殺意を笑顔で受け流し、あろうことか挑発すらする余裕を見せていた。


 ――しかしあれは規格外の存在だったとばかりに、リーシャは思い直すと頭を振って思考を戻す。


「そうね。殺気だか殺意もこの子の持ち技として捉えてもいいかもしれないわ」


 あのリディアにまで通じるかどうかは分からないが、戦術として考えても出来ないよりは出来る方が良いだろう。


 リーシャはその言葉にニコリと笑って、頷きを見せるのだった。

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