第493話 弟子としての矜持

 ユファは公務を終えてようやく休み始めたシスを労い、飲み物でも持ってくると一言残して部屋を出た。


 しかし理由は別にもあり、それは先程からレイズ城の最上階。シスの部屋以外には、執務室しかないその部屋の前でずっと待っていた『ラルフ』の魔力を感知したために、自分に用があるのだろうとユファは部屋を抜けてきたのであった。


「どうやら待たせたようね。それで私に用かしら?」


 ラルフにそう告げるユファの顔を見ながら、ラルフは口を開いた。


「ユファさん、忙しいのは分かりますが、貴方に折り入って相談があってここに来ました」


「……ちょっと待ちなさい」


 真剣な表情でそう告げるラルフの言葉を聞いたユファは目を一度閉じた後、踵を返してシスの部屋に戻っていった。


 そして数分後再びラルフの前に姿を見せたユファは、ラルフについておいでと一言告げてレイズ城を出て、ベア達が居た街のはずれにある拠点までラルフを連れて向かうのだった。


「さて、ここなら他の人達に聞かれる事もないでしょうし、貴方の悩みを聞いてあげるわ」


 そういうとユファは話して見なさいとばかりに、手を前に出しててのひらをこちらに向けた。


「今日ソフィ様と共に、トウジン魔国に向かったのですがね」


「へえ? あそこも今は修復作業に追われている筈だったと思うけれど」


「ええ。ですがほとんど修繕作業は終わり、闘技場もギルドも近々再開される予定だそうです」


「本当なの? あそこは昔から仲間意識が強く、国や同胞達の為なら死に物狂いで活動するからまぁ、分からないでもないけど。それでも尋常じゃない早さね……」


 『レパート』の魔法を使って修繕をするユファ達より、早く復興作業を終えようという彼らに、感服するユファであったが、ラルフの顔を見てどうやらこの話の先に何かあったのだろうとあたりをつける。


「闘技場の様子を見ていた私たちの元に、あの剣士が居たのです」


 あの剣士という言葉だけで、一度手を合わせたユファはすぐにピンとくるのだった。


「成程ね」


 可愛い弟子がこんな顔をする理由が分かった気がしたユファだったが、まだ結論を出さずにラルフの口から言葉を待つ。


「あの男は闘技場へ参加するようでして、あのキーリさんと戦うつもりでした。ソフィ様がキーリさんはそこらの魔王よりも強いと仰るとあの男は相手にしても仕方ないと言い放ったのです!」


(……ああ、なるほどね。この子が怒っている理由はか)


 ラルフは人間で魔族ではないため、リディアが告げた『魔王』程度を相手にしても仕方がないという言葉の意味を前回戦った私に向けたものだと受け取ったのだろう。


(それでこの子は、私の為に怒ってくれているのね)


 ユファはラルフの気持ちを知り、心が温かくなっていくのを感じた。


「ねぇ? 貴方から見て私はもうあの男には適わないと思う?」


「そ、そんな事はありません! ユファさんどころかまだ私でも届く相手だと……。思っています」


 どうやら本心ではもしかしたらと思っている訳ね。

 ユファはラルフの言葉に騙されてやろうと思い、頷きを見せるのだった。


「あの子とは一度戦ってみて分かったけどシスと同じくらい。いやそれ以上に潜在的な力を持っているのは認めなきゃいけない」


 前の闘技場での時でさえ、リディアは『金色のオーラ』を纏いそうになっていた。

 金色のオーラは先天性の資質がなければ、いくら修行や研鑽を積もうとも会得することは出来ない。


 ユファはの会得までは相成ったが、残念ながらにはなれなかった。


 今はまだベースの部分の魔力や戦力は私の方が高いだろうが、リディアが『金色のオーラ』を自在に操れるようになっているのであれば、


 悔しいがそれは覆す事が出来ない事実であり『金色の体現者』とは、それだけ凄い才能の塊を持つ者であり、持たざる者ではどうすることも出来ない。


 そうでなくともソフィ様が認めたあの男は、金色の有無に関わらずどんどん強くなっていただろう。ユファはあのリディアという男が、思い上がりで『キーリ』に、挑戦しようとしているわけではなく、客観的に自分を見直して勝てると判断している程に、強くなっているのかもしれない。


「ユファさん。をお願いできませんか?」


 ラルフの向上心のある言葉と、今の熱意はとても嬉しく思う。

 しかし今の弟子の力では、この『ラルフ』の力では元々の戦力値で劣る上に『金色のオーラ』を纏うリディアには勝つ事は出来ないだろう。


 ――だが、それでもここまで本気の弟子に諦めろと告げる口を私は持ち合わせてはいなかった。


「いいわよ! しっかり足掻いて見せなさい『ラルフ』!」


 拠点の広い平地の上で周りに誰も居ない事を確認したユファは『魔力』を開放し始めるのだった。

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