第451話 発動羅列とスタック

 その頃の『レイズ城』では、再びソフィが『ことわり』の修行を再開していた。


「む? シスとレア達が戦闘態勢に入ったようだな」


 遠く離れた場所で二人の魔力を感知したソフィはユファにそう告げる。


「ええ。そのようです。シス大丈夫かしら?」


 ユファは手を口元に持っていったり、オロオロとしながら必死にシスの魔力を感知し案じ続ける。


 ソフィは最後に視線を自分に向けてきた時のレアの目を見て察した。


 ――あれは生半可な覚悟ではなかった。


(……どうやらレアよ。お主はシスに対して、並々ならぬ感情を持っているようだ。何を為すつもりなのかみせてもらうぞ)


 そう言いながらソフィは『レパート』の『ことわり』を用いて『上位魔法』の羅列を読み解いていく。

 魔法を使用する事を目的としているわけではなく、魔法を使う時に必要な『発動羅列』を『スタック』に使うために慣れさせているのである。


(※発動羅列とは、頭で描いたその魔法を現世に具現化するのに必要なその魔法の羅列)。


(※スタックとは、魔力を魔法に乗せる順番を決めるタイミング)。


 戦闘をするための『基本研鑽演義』の一つであるが、これは『レパート』の世界だけではなく、あらゆる世界の『ことわり』を使う上で必要な作業であるために、魔法を使う上で『スタック』と『発動羅列』を完璧にしておかなければ『無詠唱』や『遅延詠唱発動』などを行うことが出来ない。


 単純に『魔力』を放つような単純な『魔法』程度であれば『スタック』を覚える必要はないが、ともなると、何も考えずに極大魔法を放ったところで、敵にあっさりと対処されて本来の効果を発揮できない。


 そのために相手に効果的に魔法のダメージを与えるのには必要な『魔』の技術であり、今覚えようとしている『上位魔法』は『アレルバレル』では無詠唱で難なく放つことの出来る程度の魔法ではあるが『レパート』の『ことわり』を交えた場合は一から『発動羅列』を覚える必要があるのである。


 違う世界の『ことわり』を覚える上で一番大切なのは、戦闘中に使いたい魔法を瞬時に思い浮かべる事であり、そういった時に『発動羅列』を知っておかなければ『詠唱』も『スタック』も行う事が出来ない。


 簡単に違う世界の『ことわり』を覚えられないのには、こういった理由が挙げられるのであった。


 単に素の魔力が高く、別の世界ではすでに使い古した『魔法』であったとしても、別の世界の『ことわり』を使う以上は、元の世界ではあっさりと使えた使い古した魔法であっても『最新魔法』を覚えるのと同義になるのであった。


 ソフィが『概念跳躍アルム・ノーティア』を覚えるまでには、冗談などではなく本当に数百年の時間を要するかもしれない。


 『概念跳躍アルム・ノーティア』の『発動羅列』は今覚えるのに四苦八苦している『上位』や更にその上の位階である『最上位魔法』よりなためである。


 レアが過去の『リラリオ』でエリス女王に『レパート』の『ことわり』を教えた際には『魔』の適正が高かった『エリス』でさえ『超越魔法』の『発動羅列』を習得するのに数年を要した。

 それを『神域』と『時魔法タイム・マジック』を織り交ぜた『神域・時魔法』を僅かの期間で会得しようというのだから、今回の難易度は推して知るべしである。


「ユファよ『上位魔法』までを覚えた後に、一度『概念跳躍アルム・ノーティア』の『発動羅列』を教えては見てくれぬか?」


 ユファはシスとレアの事が気がかりだったため、数秒程ソフィの言葉が頭に入ってこなかったが、じっとユファを見つめるソフィの視線にようやく気付いたのだった。


「すみません。もう一度お願いします」


 無礼を承知でユファが聞き直すと、ソフィは頷き再び口に出す。


「それはつまり『アレルバレル』の世界の『ことわり』を用いて『レパート』の『概念跳躍アルム・ノーティア』を使いたいと仰りたいのでしょうか?」


「うむ。端的に言うとそう言う事だな」


 ユファはゆっくりと首を横に振る。


「ソフィ様……! それは絶対に止めておいた方がいいです。ご存じではあると思いますが『発動羅列』は『ことわり』が違えば、全然違う文言もんごんとなります。下手に違う『ことわり』を用いる事でそれは全く別の魔法となりますし、更に言えば『概念跳躍アルム・ノーティア』は『時魔法タイム・マジック』であり『世界間跳躍』を行う技法であるために、何か誤作が生じれば誰も知らない『無空間』へ跳ばされて、があるのです……!」


 ユファは早口で捲し立てるようにソフィに危険性を告げる。


「そこまで難しいか? しかしこのまま『概念跳躍アルム・ノーティア』をこの急いでいる時に会得するのは同じくらいの危険性リスクが伴うと我は感じている」


 こうしている間にも『組織』の者達は『アレルバレル』の世界で好き勝手しているかもしれないと考えると魔法の発動自体は慣れ親しんだ『ことわり』を使った方がいいのではと思うソフィだった。


「やはり私が直接『アレルバレル』の世界へ行き、ディアトロス様達に『根源の玉』を使って頂いてからここに戻ってきた方が宜しいでしょうか?」


「いやだめだ。それは絶対にならぬ。万が一お主が跳んだ場所に『組織』のミラ達が居れば、今のお主ではに消されてしまう」


 ソフィの言葉にユファは表情を曇らせる。

 言葉がきつくなってしまったとソフィは感じたが、大賢者達の危険性を考えれば、事実を明確に包み隠さずに伝えておいた方がいいと決断した。


 ――それ程までに大賢者ミラは


 大魔王ディアトロスは、自身や『魔神』よりは劣るとはいっても『金色の体現者』であり、精霊女王ミューテリアやソフィと遜色のない程に長い年月を生きてきた。


 大魔王としての強さであれば『アレルバレル』の世界でも最上位階級クラスである筈である。


 そんなディアトロスを戦って幽閉したという事であれば、最低でも大魔王『ヌー』と同等の強さは持っているだろう。


 少し前に戦った『ヌー』は、今のソフィが出せると想定する、まで引き出された。

 それはつまり過去の『大賢者』である『エルシス』に匹敵する程の力まで、ミラの力が近づいてきているという事の証明であった。


 そんな者が居る現在の『アレルバレル』の世界に、ユファが一人で向かったとして、奴らに遭遇せずにディアトロス達に伝えて安全に戻ってくる確率は恐ろしく低いだろう。


 それに組織の者達は『レア』と『ユファ』を狙ってこの世界の『トータル山脈』にまで襲撃に来たのである。


 ユファがアレルバレル世界へ向かえば、それに気づいた者達が一斉に、ユファを殺そうと動くだろう。そんなことまで分かっているというのに、ここで絶対に『ユファ』だけを『アレルバレル』の世界に行かせるわけにはいかなかった。


「ほ、本当に……。ち、力不足ですみません。ソフィ様……!」


 自分が『九大魔王』と名乗らせてもらっている以上はもっと強くなければならないのにと、すでにずっと考えていたユファだったが、ここで再び自分の力不足加減を感じてしまい、悲しくなって項垂れてしまうのだった。


「それは違うぞユファよ。お主が影で今も研鑽を続けている事は、その素の魔力の上昇から見ても我は理解しておる。お主は我が認めた研鑽を怠らぬだ。だから決して自分を責めるではない」


「ありがとうございます……」


 ソフィの優しい言葉に慰められたと理解するユファだが、それでも自分の不甲斐なさに納得は出来なかった。


 絶対に今回の不甲斐なさを帳消しに出来る程に強くなってやろうと、ユファが固く心に誓った瞬間であった――。


 そして二人の会話はそこまでとなり、再びソフィは『ことわり』の研鑽を再開するのだった。

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