第432話 ギルドA指定の魔物

「ここが『トータル』山脈か」


『リルバーグ』の街のある方から山脈へ入ったソフィ達。視線の先では高い山々が連なり、長く長く急斜面が続く道が続いていた。


「ギルド指定Aの魔物か。ひとまず『漏出サーチ』で探ってみるか」


「ねぇねぇソフィ様。私は冒険者ギルドっていう組織自体もよく理解していないのだけど、その組織に属する者達はどれくらい強くて、その者達が定めた『ギルド指定A級の魔物』ってどれくらい強いのかしらぁ?」


「いやどうだろうな? 我もギルド指定の魔物とやらと直接戦ったのはC級の『ベア』しか知らぬからなぁ」


「なるほど。どれくらい強いのか楽しみねぇ? 今の私は『代替身体だいたいしんたい』だから少し不安もあるのだけどねぇ」


「まぁそれでも『アレルバレル』の世界に居る者達より強い魔物はそうそう居ないだろう。A級とはいっても魔物が『二色の併用』を使うとは思えぬしな。高く見積もっても戦力値500万程だと思ってよいとおもうぞ」


 ソフィとレアの会話を聞いていたリーネは、苦笑いを浮かべながら会話に入ってくる。


「今までこの大陸に出現した『ギルド指定A級』の平均的な戦力値は30万くらいよ?」


 リーネの言葉にラルフも頷きを見せた。


「レアよ。その身体で力加減のコントロールは無理そうか?」


「ど、どうかしら? 30万って指先でちょこんっと押すだけでも、だ、駄目かしらぁ?」


「いやどうだろうか。自信がなければお主は今回は『リーネ』を守るだけでよいからな?」


 冒険者の『勲章ランク』がG~Bまでしか居ないソフィ達のパーティーだが、実際にはこのパーティは表記上の『勲章ランク』は何一つアテにはならない。


 パーティリーダーのソフィは、その気になればを体現出来る。そしてレアも今の『代替身体だいたいしんたい』でさえ4億をあっさりと越える。更には人間のラルフであっても1億程の戦力値を持っているのである。


 しかしあくまで『勲章ランク』の表記上はソフィもラルフも『勲章ランクD』であり、レアに至っては新人の『勲章ランクG』である。


 ――勲章ランクDと言えば、だと言われているために、如何にこのパーティーが、特殊なのかが理解出来よう。


 この中で一番『勲章ランク』が高い筈の『リーネ』が、一番戦力値が低く30万程であった。


「逆の意味で難易度が高いわね。殺しちゃだめなのよねぇ?」


「うむ。我は出来ればその魔物に今後は人を襲わせないようにと言って聞かせて、この依頼を完遂させたいのだ」


「分かったわぁ……」


「実際に出てきたら、私にお任せください」


 二人の会話を聞いていたラルフがそう言うと、レアは『お願いねぇ』とラルフに囁くのだった。


「む。どうやらこの先に居るようだぞ」


漏出サーチ』で戦力値を探っていたソフィは、リーネの言う通り30万前後の魔物を感知するのだった。


 ソフィは躊躇なく『逆転移』を使い始めると、山の中腹付近で寝そべっていた『ベイル・タイガー』を目の前に転移させてくるのだった。


「!?」


 ベイル・タイガーは突然の事に驚きながら身体を起こすと、何が起きたのかと周囲をゆっくりと見回しながら、そこでソフィ達を視界に捉えた。


「グルルルル……!」


「クックック。どうやらこのハウンドに似た種の魔物が依頼にあった奴のようだ」


「ほ、本当に30万程度なのねぇ。魔瞳の『金色の目ゴールド・アイ』で、そのまま眠らせて連れて行ったら駄目かしら?」


「うーむ。それでも任務自体の達成を考えれば悪くはないのだが……。後々の事を考えれば話して分かってもらう方が良いと思うがな」


「グルルル……、グオオ!」


 ソフィをただの獲物だと勘違いした『ベイル・タイガー』は、ソフィに襲い掛かろうと距離を少しずつ縮めながら飛び掛かる準備をする。


 そこでソフィの目が『淡い紅』に変わっていく。


「グルルル……ッ!?」


 直ぐに襲い掛かろうとしていた魔物は、ソフィの『紅い目スカーレット・アイ』を見て身体中を震わせ始めた。


 そして『ベイル・タイガー』が冷静になったところを見計らってソフィは『念話テレパシー』で波長を合わせようとする。


 しかしソフィが合わせようにも『ベイル・タイガー』側が波長を合わせるつもりが無いのか、そもそも波長を合わせるという事が出来ないのか、ソフィの『念話テレパシー』は過去にベアに合わせた時のようには上手くはいかなかった。


 困った表情を浮かべたソフィを見たレアは、静かにぼそぼそと何かを『詠唱』し始める。


 すると次の瞬間。波長が合わなかった筈のソフィの言葉が『ベイルタイガー』に伝わり始めるのだった。どうやらレアが『レパート』の世界の『魔法』を用いてソフィのアシストをしたのだろう。


「グルルルルッ……!」(な、人間の言葉が頭に入り込んでくる……!?)


「おっ! どうやら波長が合ったようだ。我の言葉が伝わるか?」


 ベイル・タイガーはあげていた唸り声をやめて、ソフィの言葉に頷くように腹を地面につける。


 犬が伏せをするような仕草を見せながら、顔はソフィを見上げる。ギルド指定A級である魔物は、本能的にソフィの恐ろしさを理解したようだった。


「ベイル・タイガーと言ったか? お前達は何故人間を襲う?」


「グルルルルル!」


(元々俺達はこの山で仲間たちと静かに暮らしていたのですが、人間達がこの山を通るようになってから、奴ら人間は俺達に襲い掛かってきたのです!)


「なるほど。お主達は襲われたから、身を守る為にやり返したと言う事か?」


「グルルル」(そうです、仲間を守る為には人間どもを襲い近づけなくする必要がある)


「……」


「グルルル?」(俺達は間違っていますか?)


 魔物達の言い分は理解が出来た。元々彼らが先に山に住んでいたところに人間達が我が物顔で山に入り、自分達を襲い掛かってきたらそれは黙ってはいられないだろう。


 しかし心情自体は理解が出来ても、結果的にこのままこの山に居続ければ、彼らは『ギルド指定の討伐対象』となっているために報酬目当ての冒険者や、勲章ランクを上げようと『スコア狙い』の冒険者達が集まってくる事は容易に想像出来る。


 いくら強い者であっても何度も何度も狙われ続ければ、いずれは限界が来る。ソフィはこのままベイル・タイガー達をこの山に残して置く事は出来なかった。


「お主達が全部間違っているワケではないが、このままここに居続ければ、お主達の事情はどうであれ現実に冒険者達はいつまでもお主達を狙ってくるだろう。すでに討伐対象としてお主たちはマークされているのだからな」


「グルルル! グルル!」(それならばそれで構わない! 俺達は俺達の生活を守る為に今後も戦い続けるだけだ!)


「まぁ、落ち着け。お主達はどうしてもこの山から離れる事はしたくないのか? 我はお主やお主の同胞を含めて我が人間たちが襲ってこない、いわば安息の場所を用意してやることも出来るのだが」


「グルル……?」(そんな楽園のような場所があるのですか?)


「あるぞ? 我が治める国ではほとんどが魔族と魔物しか居らぬ国でな。人間もいる事はいるが、我が襲わぬようにしてやることは可能だ。お主達が良ければその場所に連れて行ってやるが、どうだ?」


「グルルル! グルルル」


(貴方が治める魔物達の国ですか……! しかし俺達一族は昔からこの地で生きてきた。今更他の地域でどう生きていけばいいのか分かりません)


 ベイル・タイガーはソフィの話を聞いて迷う。

 安寧の地に少し心を揺れ動かされたが、彼らは遥か昔からこの山を縄張りとして生きてきたために、簡単には離れたくはないという気持ちもあったためである。


「グルルル……、グル!?」


(お気持ちはありがたいのですが……。む!?)


「おい、居たぞ! 討伐対象のベイル・タイガーだ!」


「! 待て、誰かいるぞ!」


「構うものかよ。こういうモノは早い者勝ちだ!!」


 弓を携えた者達が二人。杖を持った魔法使いが一人。どうやら『ベイル・タイガー』を討伐するために来たのだろう。その冒険者達は、遠距離主体の者達でパーティーを組んできた様だった。


「待て! こやつは我と今話をしているのだ。攻撃をするな!」


 ソフィが制止をしたにも拘らず、子供の戯言には付き合ってられないとばかりに、冒険者達はソフィの制止を振り切って『ベイル・タイガー』へと次々と弓を放つ。


「グルルルル……ッ!!」(やられてたまるかぁ!)


「愚か者めが……」


 ソフィは『ベイル・タイガー』の盾となるように間に割って入る。


「ソフィ!」


「馬鹿な者達ねぇ?」


「これは決して、許容が出来ませんね」


 ソフィがベイル・タイガーに向けて放たれた攻撃を自身を盾にした事で、リーネ達は三者三葉の反応を見せた。


 リーネはソフィの身を案じてレアは攻撃を仕掛けた冒険者達に呆れ顔を浮かべて、そしてラルフは冷徹な顔になって『殺し』を目的とした動きに変わっていった。


 ……

 ……

 ……

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